(476)百家争鳴!「dancyu」に見るステーキの多様性

そのほか

前回、鉄のフライパンとコンベクションオーブンを組み合わせて厚切りのステーキを焼きました。

お断りしたとおり、ご紹介した焼き方はあくまでアサクラの自己流でしかありません。

では、プロはどんなふうに厚切りステーキを焼くのでしょうか?

「これが正解」といえるような焼き方があるのかといえば、そう簡単な話でもないと感じています。

「dancyu」の肉特集3冊

昔から料理雑誌の「dancyu」を愛読してきたのですが、さまざまなシェフのさまざまな焼き方を見るにつけ、ステーキの世界はまさに百家争鳴で、シェフの数だけ焼き方のこだわりがあるといってもいいほどだと感じてきました。

今回は「dancyu」バックナンバーをひもときながら、ステーキ=肉焼きの多様性について考えてみたいと思います。


■料理プロデューサー・狐野扶実子さんのステーキ

2013年8月号の「dancyu」

ハウツーという意味でもっとも参考にしたのは今から10年前の2013年8月号です。

60ページから67ページにかけて「塊肉を焼く。」という特集が組まれているのですが、ここで紹介された料理プロデューサー・狐野扶実子さんの焼き方は何度も読み直しました。

実は、この撮影をしたのはうちのマンションの撮影もしてくれている友人のカメラマン・邑口京一郎さんで、撮影後に会った際に「すごく美味しかったよ」と教えてくれたのでした。

焼き方はというと「フライパンとオーブンでフィレを焼く」「グリルパンでサーロインを焼く」「フライパンでサーロインを焼く」という3種の方法が紹介されています。

一般的に「ステーキの焼き方」といえば「ワイルドな仕上がり」をめざすレシピが多い中、繊細かつ端正な焼き上がりをめざしているのが印象的。とにかくどの焼き方も細かいポイントにまでこだわりぬいていて、なかなか素人には真似しづらいのが難点といえば難点。

フライパンで焼いている間、肉の表面が冷めないようにアルミホイルをかぶせるとか、グリルパンの上で20秒ごとに回転させて肉にかかるストレスを分散するとか、肉を傷つけないためにトングではなくスパチュラを使うとか、なんというか「ここまでやるか」といった内容で、とても完コピはかないませんでしたが、僕も真似できるところは真似したものでした。


■「ル・マンジュ・トゥー」谷昇シェフのステーキ

2018年の「dancyu」別冊「ステーキ」

もうひとつ興味深い方法論としてご紹介したいのが、2018年に出版された「dancyu」の別冊「ステーキ」に掲載されていた谷昇シェフ(ル・マンジュ・トゥー)の焼き方です(18ページ~)。

厚さ3センチ、約450グラムのサーロインをテフロン加工のフライパンで焼くのですが、シェフのざっくばらんなインタビューをまじえて詳細な解説がなされていて、読み物としてもかなり面白いです。

谷シェフによれば「僕が小僧の頃は、表面をダーッと焼いてオーブンに入れて、が主流でしたけど、それじゃおいしくない」(19ページ)んだそう。まじか。

どう焼くのかというと肉から出た脂を肉に戻すようにかけてじっくりと火を入れる「アロゼ」というやり方

シェフ曰く「焼くのはフライパン、焼き色をつけるのは油。油を含んだ焼き汁が常にフライパンと肉の間に入っているようにし、アロゼしながら肉汁と旨味を肉に戻してやるつもりで焼きます」(19ページ)。

僕が試してきた焼き方とはぜんぜんちがいますし、ずっと肉につききりになる必要もあり、油はねもすごそうな焼き方ではありますが、肉を焼くシェフの写真がとても楽しそうなのが印象的。我が家のキッチンに防熱板も設置したことですし、今度ぜひトライしてみたいなと思います。


■「イル ジョット」高橋直史シェフのステーキ

2023年6月号の「dancyu」

ハウツーとしてはずせないのが、今年の6月の「dancyu」で紹介された、駒沢大学のイタリアンレストラン「イル ジョット」の高橋直史シェフのステーキ。

実は、僕が自分の手で厚切り肉を焼きたいと思ったのは、15年ほど前にこのお店で出された炭火焼きのステーキを食べたのがきっかけでした。自分が今まで食べてきたステーキは一体なんだったんだ、と思うような衝撃でした。

その美味しさは異次元すぎて、自分で真似ようという大それた話にはなりませんでしたが、炭火で塊の肉を焼くのはうまいらしいことだけはわかったので、山小屋で手探りながら塊肉を焼き始めました。詳しくは過去の記事をどうぞ。

さて、件の「dancyu」に話を戻すと、特集は「料理上手になる!まんがダンチュウ」と題されており、高橋シェフの焼き方は「ミスター味っ子」でおなじみの寺沢大介先生(!)が描くマンガで紹介されています。これだけで僕のような味っ子直撃世代には必読です。

炭火ではなくスーパーや肉屋で手に入る肉を鉄のフライパンで焼くという方法で家庭でもトライできそうな焼き方です。

詳しくは誌面をごらんいただくとして、ざっくり説明すると4センチに切った厚切り肉を、5ミリくらいの熱した油にそっと入れて焼くのです。

「dancyu」の表紙に掲載されたステーキ
※表紙より引用しました

焼き上がったステーキはグラデーションがきれいで美味しそう。「表面カリッ!内部しっとり」(47ページ)という仕上がりだそうですが、この焼き方は油はねがすごそうなうえに、焼き途中でお肉を休ませている間に「一度使った油は捨てて新しい油を使」う(43ページ)など、素人が家庭で試すにはいささかハードルが高そうではあります。

ちなみに2018年10月号の「dancyu」によると、ふだんの「イル ジョット」では「焼鳥用の炭火こんろ」を使用し、「極限の近火で焼く」(62ページ)んだとか。僕がお店でいただいたときの写真をどうぞ。

イル ジョットで撮影したステーキ

表面はしっかりと焼かれているのに、しっとりしてみずみずしい断面!肉そのものの味が余すところなく味わえます。


■「ル・キャトージィエム」茂野眞シェフのステーキ

ル・キャトージィエムの看板

ステーキといえば、もう一店、忘れられないお店が京都の「ル・キャトージィエム(le 14e)」です。

きっかけは、だいぶ昔に見たテレビの旅番組かなにか。パリにあるお肉屋さんが直営するレストラン「le severo(ル・セヴェロ)」の「ステークフリット」が紹介されていて、それがえらく美味しそうでした。

しばらくして、そこで修行した茂野眞シェフが京都にお店を開いたと知って「京都なら行けるじゃん」と出張仕事のついでに訪問し、その美味しさにぶっ飛んだ記憶があります。

ル・キャトージィエムのステーキ

これがそのときの写真。え?焼けてなくない?と思うくらい、中心が赤いのですが、口に入れてみるとぜんぜん生焼けっぽくなく、素晴らしく美味しいのです。付け合わせのジャガイモもやばい。

実はこちらのお店の焼き方も先ほどの「dancyu」の別冊「ステーキ」で紹介されていて(28ページ~32ページ)、焼き方を知って驚きました。

煙が上がるまで熱したフライパンに6~7ミリの深さまで油を注ぎ、揚げ焼きするのです。「610gものステーキでさえ、フライパンでの焼き時間はわずか3分20秒!」(30ページ)とのこと。「フリット」はフランス語で「揚げる」の意味ですが、「ステークフリット(揚げステーキ)」と呼ばれるのも納得です。

が、焼き方の説明を見るかぎり、とても素人には真似できそうにもありません……やっぱり京都に行くしかないか。


■ステーキの焼き方に正解はない?

こうしていろいろ見てみると、印象に残ったのはステーキの焼き方の多様性です。

初心者向けの料理本では、「塩振りはしっかり量を測って高いところから」とか「肉は冷蔵庫から出して常温に」とか「焼き上げたらしばらく肉を休ませる」とか、ステーキを焼く定石(正解)的なものが語られているわけですが、さまざまなプロの方法論を見るにつけ、定石は基本の「キ」でしかなく、理想のステーキ像を追求すればどこかで定石を逸脱するのがむしろ当たり前という印象すら受けました。

となれば、当然、調理する人によって意見が異なる場面にたびたび出くわすことになります。

肉に塩胡椒
※写真はイメージです

たとえば、塩胡椒ひとつとっても、狐野さんの焼き方では「焼き上がってから塩と胡椒をふるほうが肉の味がよくわか」(13年、61ページ)ると解説されていますが、高橋シェフの焼き方では「肉を油に入れる直前にいやってほど塩をもみ込んでください!余分な塩は油に落ちるので塩分量は気にしないで大丈夫」(23年、42ページ)とされています。谷シェフの焼き方では、塩を振ってから「おく時間は1時間以上」(18年、20ページ)と、かなりばらつきがあります。

焼く前のリブロース
※写真はイメージです

また、狐野さんが「冷蔵庫から出したばかりの、冷え切った状態で焼くと、肉にストレスがかかって部分的に縮んでしまったり、中まで均一に火が入らず、肉汁が出てしまいます」(13年、61ページ)と語る一方、高橋シェフは「お肉を常温に戻さず冷蔵庫から出してすぐに焼く」(23年41ページ)ほうが「焼き上がりの切り口がきれいなグラデーションになる」(23年41ページ)と言っています。

極めつけは谷シェフの言葉。肉が焼けたあとに「多少休ませて落ち着かせるか、ぶわーっとふくらんだままの食感を楽しむか、それはお好みで。休ませずにジュースが流れ出ても、それはそれでいい」(18年21ページ)。ジュース=肉汁があふれ出るって、ステーキの仕上がりとしては「悪」と思い込んでいましたが、そういうステーキの楽しみ方だってあっていいのかもしれません。

サーロインステーキ
※写真はイメージです

ワイルドな仕上がりか、端正な仕上がりか。サシの入った黒毛和牛か、赤身の多い短角牛や赤牛か。アロゼか、揚げ焼きか。炭火か、オーブンか……などなど、それぞれがめざす理想のステーキに向かって素材や道具を工夫していくのですから、塩振りや肉を休ませるという一場面のみを切り取って比較しても仕方ないわけです。

むしろ、「正解うんぬん」なんて野暮な話はやめて、自分が焼きたいステーキ像を思い描いて自由にトライしたほうがきっと楽しく美味しいはず、というのがひとまずの結論です。

今後も、いろいろなメソッドを参考にしつつ、どんどんステーキを焼いていこうと思います。

アサクラ

大家業。世田谷のマンションと東京西部の山奥にある小屋を管理&経営しています。最近は熱海に購入したマンションの一室をDIYで修繕中。ESSE online(エ...

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