(122)「サボファニチャー」店主の小松義樹さんに北欧の椅子の話を聞く【前編】
今回と次回は番外編。
北欧の椅子の専門店「サボファニチャー(sabo furniture)」の店主・小松義樹さんのインタビューをお届けします。
先日、「日刊Sumai」の連載でこのお店をご紹介させていただきました。
どちらも、小松さんに「椅子選びの基本」を教えていただくという内容です。
実を言いますと、オープンして間もない頃から「サボファニチャー」のことは知っていました。
当初は、椅子の傍らにさまざまなインテリア雑貨が置かれていて、それに引かれてお店をのぞいたと記憶しています。
時が経つにつれ、お店は雑貨の扱いを減らし、本丸である椅子を増やすようになり、現在ではほぼ椅子のみを扱うお店となりました。
特に北欧の椅子に関心があったわけでもない僕ですが、たまに思い出したように「サボファニチャー」に足を運んできました。
なぜかといえば、店主の小松さんが北欧の(特にウェグナーの)椅子について穏やかな語り口でいろいろと教えてくれるのを聞くのが楽しかったからです。
「日刊Sumai」の取材も快く受けてくださり、1時間半ほどインタビューさせていただいたのですが、「椅子選びの基本」というテーマから話が逸れた部分については残念ながら割愛せざるをえませんでした。
いろいろと面白いエピソードがあり、このままお蔵入りにするのは惜しいという気持ちも強く、自分のブログのほうであらためてインタビューを再構成し、みなさんにごらんいただくことにしました。
アサクラ:このお店の椅子はハンス・J・ウェグナーのものが多いですよね。小松さんのウェグナーへの思いから聞かせていただけますか?
小松:家具づくりでは「どうやって耐久性を担保できるようなデザインをするか」がすごく重要です。
たとえば好き勝手にデザインしてそれを現物化しても、結局、家具としての耐久性や実用性がなければあまり良くないと思うんです。家具作りでは、そういう要素をすべて加味してひとつのデザインをすることが、難しいところでもありますが、面白いところでもあると思うんですよね。
ウェグナーは椅子の構造を知り尽くした人で、見た目だけではなくて座り心地や耐久性にもすごく重きを置いて椅子をデザインしています。
たとえば同じデンマークのデザイナーさんでもフィン・ユールは、すごく彫刻的な椅子を作りました。(ユールの椅子は)ものすごく格好良いし、眺めておくには最高の椅子だと思うんです。
でも「ウェグナーだったら、ここの耐久性が心配だから別のやり方で作っただろうな」とか、「もうちょっとここに補強材を入れただろうな」とか、思ってしまうんです。
それくらい、ウェグナーの椅子は耐久性を重視しています。だから、何十年も使い続けることができるんです。
アサクラ:僕は「北欧の椅子」というと、なんとなくデザインに奇抜さがあるような先入観があったのですが、こうしてウェグナーの椅子を眺めると、どれもシンプルなデザインですよね。
小松:そうなんです。シンプルなものが多いんですよ。
ウェグナーの椅子には、百年前くらいにデザインされたクラシックな椅子にかなり近いデザインの椅子もあったりします。長く使い続けるということを考えて、昔からある椅子をリ・デザインしているんですよ。
耐久性が劣るところにはウェグナーなりの考えを入れて改善しつつ、デザインも損なわないようにしているんです。だから、ウェグナーの椅子は、実際に日常生活で30年、40年と使い続けている方もけっこういらっしゃるんですよね。
アサクラ:何十年も前に「ザ・チェア」を買って、ずっと使い続けているお客さんが来たっていう話も面白かったですね。
小松:「ザ・チェア」は背もたれとアームの接続部分が、フィンガージョイントで仕上げられているのが代表的です。
そのひとつ前のタイプがカクカクっとした凹凸のジョイントで、その前がよりプレーンな接続だったんです。
でも、そのお客様は「ジョイントが使われていない「ザ・チェア」を持っているんです」とおっしゃるんです。果たしてそれが本物なのか、知りたいということでした。
最初は「偽物じゃないかな」と思ったんです。
でも、よく話を聞いてみると、50年前にデパートで開催された「ノール社(Knoll)」の展示会で購入されたそうなんです。
「ノール」は今でもすごく有名な会社で、この「ザ・チェア」のアメリカでの販売代理店だったんです。「ノール」が売ったものなら本物にちがいないと。もしかしたらプロトタイプのような、ふだんはお目にかかることのないような「ザ・チェア」だったのかもしれないと思ったんですよ。
それで北欧家具の専門家の方にも聞いてみたんですけど、やはりご存じないということでした。その方からは「今度、そのお客さんがいらっしゃったら連絡ください」と言われたんですが、それ以来、いらっしゃることもなく謎のままなんです。
アサクラ:ジョイントひとつでもそういう変遷があるなんて歴史を感じますね。ヴィンテージ品と現行品のちがいって他にもあるんですか?
小松:ありますね。昔の「ザ・チェア」は、もっとアームの外側が鋭利で、もう少しシャープな感じだったんです。
現行のものは、耐久性を増すために少しだけその部分を太くしたりしています。
あと、昔のものは一点一点、職人さんによってイチから作られるので品質にバラつきがあったりするんですよ。だから、耐久性が良いものもあれば、悪いものもあるんです。
現行の「ザ・チェア」は、大枠の形状は機械で加工して、細かなところに職人さんがかなり手を入れて成型してるので、品質のバラつきはほとんどないです。
アサクラ:じゃあ、ヴィンテージよりも現行品のほうが家具としての耐久性は上と言っていいんでしょうかね?
小松:そう思います。
この「ザ・チェア」ももちろんそうですし、他のヴィンテージの椅子も、50年前、60年前に作られたものがリペアされて現在まで大切に使い続けられています。
でも、あくまでそれはリペアであって、いわゆる新品の状態のものにくらべたら、どうしても耐久性は劣ってしまいます。これから先30年、40年使おうと考えたら、新しいもののほうが良いと思います。
実際、「ザ・チェア」はヴィンテージのほうがお値段が安かったりするんですよ。「ヨハネスハンセン」という会社が作っていたヴィンテージのものだと、たぶん30万、40万くらいです。
現行のPPモブラー(PP mobler)のものは、いちばん安くても一脚60万くらいですよね。場合によっては、現行のもの一脚の値段で、ヴィンテージを2脚買えるくらいの価格差がついてしまうかもしれません。
アサクラ:初めて「ザ・チェア」の価格を見たとき「ゼロひとつまちがってるの?」と思ってびっくりしたのを思い出しました。
「Yチェア」なんかを扱うカール・ハンセン&サン(Carl Hansen & Son)にくらべてPPモブラーの製品が高額な理由って何なんですか?
小松:作る場所の設備の差だと思います。
カールハンセンは「工場」なんです。あるていど大型の機械で加工して量産ができる体制がある。もちろん人員もたくさんいます。それに対してPPモブラーは「工房」なんです。少数の職人さんが手をかけて作っている。
同じようなダイニングチェアでも、1.5~2倍くらいの価格差があります。だからといって、工場のものが悪いということはないんですよ。カールハンセンのものが耐久性に劣るということもありませんしね。
だから、「コストパフォーマンスが優れているのはカールハンセン」で、「職人さんの手が加わっているコアな向けファンのものはPPモブラー」という感じで説明しています。
アサクラ:でも、そのカールハンセンのものも一脚10万円近くはしますし、椅子というものにお金をかけるという考えがない人にとっては高価に感じるでしょうね。
小松:デンマークの物価って日本とくらべて倍くらいで、デンマークの人たちの賃金も日本の倍くらいなんですよ。私がスウェーデンでアルバイトをしてたときも、当時の日本のアルバイトの平均時給よりも高い金額をもらっていました。
日本人にとって一脚10万円の椅子があったとして、デンマークの人にとっては5万円くらいに感じられるんじゃないでしょうか。
それに加えて、デンマークから日本にコンテナで長い時間をかけて送ってくるわけですよね。そういったものを考えると、私は北欧の椅子がべらぼうに高いとは思わないんです。
携帯電話とかいわゆるガジェットと言われるものって、新しいモデルに買い替えると10万円くらいかかりますけど、2年から3年でまた買い替えなければならないですよね。どんなにもっても5年くらいがマックスです。でも、ウェグナーの椅子は何十年経ってもずっと使い続けることができます。
はたしてどっちが出す金額に見合ってるのかって思うんです。あくまで個人的な意見ですけどね。
アサクラ:スマホと椅子の比較か。面白い考え方ですね。
たしかに、うちの奥さんがこないだ買い替えたiPhoneとか軽く10万超えてた気がするけど、5年もするとタダ同然になってるんだろうなあ……。(後編に続く)
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