(123)「サボファニチャー」店主の小松義樹さんに北欧の椅子の話を聞く【後編】
前回に続き、自由が丘にある北欧の椅子の専門店「サボファニチャー(sabo furniture)」の店主の小松義樹さんのインタビューをお届けします。
今回は「ヴァレットチェア」や「シェルチェア」など、個性的な椅子についてお話をうかがいます。
アサクラ:この「ヴァレットチェア」、小松さんにとってもすごく思い入れのある椅子だと前に聞きました。
小松:この椅子、加工がすっごく難しいんです。PPモブラーの職人さんの中でも許された一部の人間しかこの椅子は作らせてもらえないくらいです。家具を作る人からすると憧れですね。
僕もヴァレットチェアがあまりにも好き過ぎて、留学しているときに背もたれの部分を真似て作ってみたことがあります。
アサクラ:すごい情熱!
でも、この椅子、座り心地はどうなんですか?あんまり快適に見えない気もするんですが…。
小松:長時間座る椅子として向いているかというと難しいですね。腰の形状に合わせてちゃんと山型に成型してあったりはするんですが、やはり座面が木材ですから。
3本脚ですし、背もたれと座面の接合部もすごく頑丈なわけではないと思うので、日常生活で毎日使うという椅子としてはおすすめできないですね。実用できないことはないですが、この椅子を実生活で日常的に使っている方というのは、私は聞いたことないですね。
どちらかというと、この「ヴァレットチェア」は部屋に飾っておく椅子という印象なんです。
とにかくどの角度から見てもすごく絵になる椅子で、もちろん真正面から眺められる場所に飾っておいてもいいですし、後ろ姿を眺めるようなかたちで飾っていただいてもいいです。ウェグナーの椅子の中でもいちばん手が込んだ椅子で、ちょっと美術品的なものがほしいって方に関してはこの椅子を強くおすすめします。
アサクラ:そういう意味ではウェグナーの椅子のなかでもちょっと他とちがう雰囲気がしますね。
小松:実はこの椅子は、デンマーク国王に依頼されて作ったものなんですよ。もともとこれとほとんど同じプロトタイプをデザイナーズギルドに展示してたんです。それを見たデンマーク国王がすごくこの椅子を気に入って発注して作った。国王に出す椅子なので、細部にもぬかりなく、かなり形状にもこだわって、ブラッシュアップして作られました。
そういう経緯でできた椅子なので、日常生活で使いやすいシンプルなものとはちがうデザインになったのかもしれないですね。
アサクラ:この「シェルチェア」も、ウェグナーの椅子としては、ちょっと変わったかたちだなって思いました。
小松:これが作られたのは、いわゆるミッドセンチュリーの時期で、プライウッドの成型合板(オーク成型積層合板)で作る技術っていうのが開発されて、そういった技術を使ってイームズのように家具をデザインするのがすごく流行った時代です。ウェグナーなりのプライウッドを使ったデザインが、この「シェルチェア」なんです。すごく面白い構造ですよね。
さっきの「ヴァレットチェア」も含めて、3本脚の椅子というのはいくつかありますが、決して多くはないです。安定性を考えると4本脚のほうがまちがいなくいいので実用には向いているんですが、デザイン性を全面に出したい場合はウェグナー以外のデザイナーも3本脚の椅子を作るときがけっこうありますね。
アサクラ:やっぱり3本脚って実用的ではないんですか?
小松:3本脚のものでも、ダイニングチェアとして使うだけなら大丈夫ですよ。ただ、電球を替えるのに椅子の上に昇ったりはしないほうがいいですけどね。
たとえば、このPP68とPP58も、すごく人気がある椅子ですが、実は3本脚のタイプもあるんですよ。近々、うちの店でも展示する予定です。
アサクラ:この2つは形状もほぼ同じですから、座面の座り心地や木材の仕上げをくらべると、素人でもちがいがわかりやすいですね。
小松:PP68がペーパーコード、PP58がウレタンクッションで、座面を支える木材の形状は異なりますが、背もたれなどのかたちは同じです。仕様によってガラリと印象が変わります。
この2脚はどちらもすごく人気があって、PPモブラーの中でもうちでいちばん売れてるんじゃないでしょうか。
アサクラ:カールハンセンでいうと、やっぱり「Yチェア」がいちばん人気ですか?
小松:ええ、やっぱり人気があります。
「Yチェア」をご購入される方は「この独特のデザインが好きだから、これ以外の椅子は検討してないです」っていう方も多いですね。
アサクラ:僕と妻が選んだ「サファリチェア」は、座り心地よりも個性的な見た目が気に入りました。
小松:なるべくご自身の身長や体型に合った座面高の椅子を買うことは、うちのお店ではいちばん初めに説明している重要なことなんですが、第一印象を大切にしていただくっていうのも、もちろん重要なんですよね。どんなに自分の身体になじむ椅子でも、デザインが気に入らなかったらどうにもならないので。
アサクラ:「サファリチェア」って、どうしてこんなデザインになったんでしょうか?
小松:コーア・クリントの「サファリチェア」は、もともと屋外で使われるためにデザインされたものなんですね。だから持ち運びしやすいように分解ができて、現地でまた組み立てて使うことができます。
分解ができるという構造上、接着されてない部分もありますから、その副次的な機能として背もたれが可動したり、地面がデコボコの場所でも安定します。
アサクラ:デコボコでも安定する?
小松:ちゃんと固定されている椅子であれば、地面にデコボコがあるとガタガタしますよね。このサファリチェアは接着されてないので、地面の形状に沿ってフレキシブルに安定するんです。
アサクラ:たしかに座ってみると、人の重みで椅子が少し沈み込んで安定する感じがします。接着されていないから、適度な可変性があるんですね。でも、もったいなくてとても屋外では使う気にならないなあ。
小松:オイル塗装は雨や水分には強くないですし、肘掛けのレザーも雨に当たると跡になって残っちゃったりもします。屋内で使ってください(笑)。
アサクラ:でも、たとえ外で使わなくても、分解できる構造がもたらす美しさのようなものを感じます。
小松:そうなんですよね、機能の美しさというか、機能美ですね。
モーエンス・コッホのフォールディングチェアも、たたむことができますけど、機能ゆえの美しさがあります。
アサクラ:きれいですね。たたんだところを写真に撮りたいので、支えていただいてもいいですか?
小松:これ、実は支えなくても自立するんです。
アサクラ:へえ、すごい。
小松:フォールディングチェアは、角度も含めて、すごくよく考えられてる椅子ですね。
今では、いわゆるディレクターズチェアと言いますか、こういった形状でアウトドアで使う椅子というのは決して珍しくはないとは思うんですが、この椅子がデザインされたのは90年近く前ですからね。
これだけスムースに折りたたみできる構造を木材で作るのはすごく難しかったはずです。当時、この形状で折りたたみができる椅子というのはかなり画期的だったと思いますよ。フォールディングチェアもすごく評価の高い椅子ですね。
アサクラ:この椅子も素敵ですね。イージーチェアという言葉、最近よく聞くようになったんですが、どういうものなんですか?
小松:簡単に言うと、リビングで使う椅子です。座面が低くて、後ろの背もたれの傾斜が高くて、アームがあるものないものもありますが、ゆったりのんびり座るような椅子をイージーチェアと呼んでいますね。
アサクラ:たしかにふつうの椅子とくらべるとサイズも大きいのでリラックスできそうですね。
小松:サイズが大きくなると構造自体が凝ったものが多くなるので、それだけ作るのに手間がかかります。あとは輸送コストも上がるので、ダイニングチェアよりもお値段はだいぶ高くなってしまうんですけどね。
最近はソファの代わりに、イージーチェアを導入されているご家庭も多いですよ。ソファのように横にはなれませんが、ひとりでリラックスして座る椅子としてはすごく優れているものなので、もっと日本でもイージーチェアが広まってくれるといいなと思いますね。
アサクラ:ところで、このイージーチェアの横にあるチェストは、小松さんが北欧に留学して家具づくりを学ばれていたときに作ったんですよね?
小松:そうです。
このサイドテーブルも私が作ったものなんですよ。
カール・マルムステンっていうスウェーデンのすごく有名なデザイナーがいまして、その人がデザインした「リラ」っていう女性の名前が付いたサイドテーブルをモデルに作りました。
でも、北欧と日本では気候が全然ちがうので、今は引出しが開かなくなってしまって……。
アサクラ:日本は北欧にくらべて湿度が高いから、木が膨らんでしまったんですね。
小松:向こうでは引出しの四方のスキマをものすごく狭く均一に作るっていうのがプロの技術のひとつなんですよ。でも、北欧の木材で現地で作った家具を日本に持って来ると、こうなっちゃいますね。
ちなみに、日本で発売されているカールハンセンのデスクなんかは、ちゃんと日本の気候に合わせた造りにしているので、開かなくなったりすることはないのでご安心ください。
アサクラ:お店の入口に飾ってある椅子も、小松さんが作ったんですよね?
北欧には2年間留学されていたそうですが、それだけでこんなに作れるようになるとは驚きです。
小松:もともとものを作るのは好きだったんですよ。
北欧に留学する前に、海外青年協力隊でケニアに滞在したことがありました。そこで先輩の隊員が現地の人に家具作りを教えていたんですね。一緒にやってみたらすごく楽しくて、本格的に勉強してみようと思ったんです。
アサクラ:ケニアから北欧か、聞いたことのないルートですね。ひょっとして、椅子の上に飾ってある木彫りのお猿さんって…
小松:ええ、ケニアで見つけたものです。向こうの木彫りの人形って、いかにもアフリカ土産ってデザインが多いんですけど、これはちょっと雰囲気がちがっていて気に入ったんです。
お店のマークもこの人形を元にしています。
アサクラ:また自分の手で家具を作りたいという気持ちはないんですか?
小松:このお店を開いたとき、なんで名前に「ファニチャー」という言葉を入れたかと言うと、自分でデザインした家具も取り扱いたいと思ったからなんです。
今はお店をやっていくのに忙しくて難しいんですが、いずれは挑戦してみたいですね。
いかがだったでしょうか?
「サボファニチャー」、小さいながらも居心地の良いお店です。
店のすぐ近くの九品仏川緑道は桜もきれいです。 自由が丘にお出かけの際は、ぜひ足を延ばしてみてください。
東京都目黒区緑が丘2-6-13
営業時間:11:00~19:00 定休日:水曜
電話番号:03-3725-0886