(211)閉館直前のホテルクラスカに泊まって考えた「築古建造物の行く末」

そのほか

2020年12月20日、目黒の「ホテルクラスカ」が惜しまれつつ閉館しました。

以前から気になっていたホテルということもあり、閉館間近に慌てて予約を取って宿泊してきました。

「日刊Sumai」の連載で宿泊体験記を書きましたので、まずはそちらをどうぞ。

僕らが泊まったのは701号室。

ホテルクラスカ701号室の室内写真

谷崎潤一郎の名著からインスピレーションを受け、デザイナーのマイク・エーブルソン氏がデザインした部屋です。

インテリアの目玉となる照明や動くテーブルはもちろん、連載では紙幅の都合でご紹介できなかったディテールも素晴らしかったです。

角材を積み上げたような階段や、

ベッドへと続く階段

さまざまな照明スイッチとコンセントをまとめあげたパネル、

スイッチパネル

石を大胆にあしらった玄関土間(そう、部屋には靴を脱いであがるのです)など、

玄関土間の石

細部までこだわって造られていながら、ホテルにありがちなよそよそしい雰囲気がなく、温かさの感じられる大変居心地の良い部屋でした。

ホテルクラスカ701号室の室内写真

この部屋がリノベーションされたのは2018年。

生まれ変わってまだ2年余りのこの部屋がなくなってしまうのは、残念でなりません。

館内を歩いても、巧みに照明が仕掛けられた階段の手すりや、

ホテルクラスカ館内の階段の手すり

前身である「ホテルニュー目黒」時代のものをあえて残したという内装タイル、

ホテルクラスカ館内の内装タイル

かつてエスカレーターがあった場所を流用した吹き抜けなど、

かつてエスカレーターがあった場所を利用した吹き抜け

古い建物の良さを巧みに活かした内装に目を奪われます。

ホテルクラスカの外観

さて、僕がクラスカの閉館を知ったのは、お世話になっている不動産会社の方と雑談していたときでした。

まっさきに浮かんだのは「あのクラスカにもコロナの影響が出たか」という思いでしたが、日本で感染が広がるよりも前の2019年末にはすでに閉館を決めていたのだそうです。

「ホテルクラスカ」は「ホテルニュー目黒」から数えて築51年。

押しも押されもせぬ築古ホテルです。

関連のニュースを見ても「建物の老朽化」が閉館の主たる理由として報じられていました。

メンテナンスにかかる費用の重みについては、(スケールが比較にならないほど小さいとはいえ)同じく築51年の築古マンションを営む僕にはよくわかります。

閉館間近の「ホテルクラスカ」はとても居心地の良いホテルでしたが、「老朽化」という視点から見ると手を入れる必要がありそうな部分が散見されます。

たとえば、外観。

ホテルクラスカの外観

独特のレトロな意匠が印象的ですが、目を凝らすとサビや汚れが目に付きます。

ホテルクラスカの外観に見られるサビや汚れ

建物向かって左の壁の塗装にもヒビ割れが。

ホテルクラスカの外観に見られるヒビ割れ

にもかかわらず、訪れた人々にうらぶれた雰囲気を微塵も感じさせないところが「ホテルクラスカ」の「すごさ」なのですが、それなりの宿泊費をいただいてホテルを営む以上、いずれは足場を組んでの大がかりな修繕が必要だったはずで、その費用はかなりの額になったでしょう。

また、築古であるがゆえ設備が時代遅れになってしまう点も悩ましいところです。

宿泊した朝、外の景色を眺めようとブラインドを上げてみると、窓はすごい結露で何も見えないほどでした。

窓の結露

冬の結露はうちのマンションでもよく見られる現象で、築古の鉄筋にはつきものです。

入居者さんから相談を受けたりすることもありますが、なかなか簡単には改善できません。

また、部屋にオートロックがないというのも、最近の東京のホテルでは珍しいのではないでしょうか。

オートロックのないドア

オートロックも築古マンションにはなかなか設置しづらい設備ですが、ホテルにおいても事情は同じなのかもしれません。

誤解のないように言いますが、僕個人としては、クラスカの雰囲気を考えるとオートロックが必須だとはまったく思いません。

結露についても、古いサッシュの内側にブラインドと木製の内窓が設置され、きちんと配慮されています。

木製のサッシュ

しかし、居住性を追求した最新の設備との差は年々開いていくわけで、それに対してどういうスタンスを取るかというのは悩ましい問題だったのはまちがいありません。

聞くところによると、ちょうど定期借家権が切れるタイミングだったそうです。

これらの事情が重なって、閉館という経営的な判断が下されることになったのでしょう。

電気を消した701号室

今回の宿泊の後「いったいうちのマンションはいつまでもつのだろう」とあらためて考えました。

この数年、空室のリノベーションに追われ、この先10年・20年のことをじっくり考える余裕はあまりありませんでした。

しかし、来年には築52年を迎える我がマンションも、遅かれ早かれ寿命を迎えるのは否定しようのない事実です。

いずれは最期を見据えたかたちのマンション経営を求められることになるでしょう。

鉄筋の建造物がいつまでもつのか」についてはさまざまな意見がありますが、「寿命」という言葉をどう捉えるかによって意見が分かれるように感じます。

鉄筋コンクリートの構造から逆算して60年~70年(メンテナンスが良ければさらに数十年)とする意見もあれば、過去のマンションの建て替え事例から平均を割り出して30年~40年とする意見もあります。

僕のような築古マンションの経営者にはどの声に耳を傾けるべきか、悩ましい問題です。

僕がマンションを引き継いだ当初は築44年目でしたが、無知ゆえに無邪気に建て替えを検討したことがありました。

そのとき、祖父の代からお世話になっている税理士さん(二代目)にはこう一蹴されました。

「鉄筋マンションが崩れたってニュース、日本で聞いたことありますか?お宅は今、満室でしょう?入居者さんが入るかぎり、続ければいいんですよ」

当たり前のことを言っただけかもしれませんが、右も左もわからない人間にちゃんと当たり前のことを言ってくれるのは大変ありがたいことです。

振り返ってみるとあのとき建て替えを選ばずに本当によかったなという話は以前も書きました。

もし建て替えていたとすると、コロナ禍の真っ最中に1億円近くの借金を負ってマンション経営をスタートすることになっていたわけで、想像しただけで寒気がします。

この記事でも書きましたが、どこにでもある新築のマンションと、丁寧にリノベーションをかけた築古マンションでは、思ったよりも家賃に差は出ません。

入居者さんから魅力のある物件と思ってもらえれば、老朽化しても賃貸マンションは続けていけるのです。

そう力強く断言して締めくくりたいところですが、そこは災害の国・日本の話ですから、正直、どうなるかわかりません。

首都直下型地震とか富士山大噴火とかきたら一発アウトですし。

コロナ禍もまだまだ先が見えませんが、来年はもうちょっと良い年になればいいな、と。

みなさん、良いお年を。

アサクラ

大家業。世田谷のマンションと東京西部の山奥にある小屋を管理&経営。 『日刊Sumai』(扶桑社)で「なんでも大家日記@世田谷」を連載中。 https://s...

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