(218)業務用ガスコンロを家庭で使うリスクについて真剣に考えてみる
今回から数回にわたって業務用ガスコンロについて考えていきたいと思います。
第一回は「業務用ガスコンロを家庭で使用するとどんなリスクがあるのか」について考えます。
あらかじめ断わっておきますと、これはメーカーなどがウェブ上に公開している情報などを元にアサクラが自分なりに考察した「素人考え」です。「このポイントを抑えておけば業務用ガスコンロは家庭で安心して使えるよ」的な指南ではないので、くれぐれも誤解なきようお願いいたします。
■きっかけはガスクッカーの業務用ガスコンロ
僕が業務用ガスコンロに興味を持ったのは、業務用キッチンを自宅に設置したときでした。家庭用の置き型ガスコンロはどれも野暮ったく感じられ、自宅に置く気にはなりません。シンプルなステンレスのキッチンに似合う置き型ガスコンロはないものか……と探していたとき、まだ原宿にあったtoolboxのショールームで業務用ガスコンロに出会ったのです(現在はtoolboxでの取り扱いは終了しています)。
これはそのときに撮影した写真。武骨なデザインが一目で気に入りました。この3口のタイプはサイズや仕様の関係で導入できなかったのですが、ラインナップにはシンプルな2口コンロもあり「これなら我が家の業務用キッチンにピッタリだ!」と即買いしました。それが前回もご紹介したコンロです。
メーカーは「ガスクッカー」という大阪の会社。
残念ながら現在はガスコンロの製造事業から撤退し、生産中止となっているようです。
いざ使ってみるとデザインに負けず劣らず、火力の強さが素晴らしいのに感動しました。厚切りの肉を焼く際、業務用のガスコンロを使うようになってから、格段に美味しく仕上がるようになりました。
オーブンに入れる前にガンガンに熱した鉄のフライパンで表面を一気に焼くのですが、今では業務用コンロの強力な火力が我が家のキッチンには欠かせない存在になっています。
自分で使っていいと思ったものは賃貸にも導入したくなるもので、自宅の直後にリノベーションした2室でも「ガスクッカー」のガスコンロを導入しました。
デザイン・機能性ともに入居者さんにも大変好評でした。
しかし、あの頃の僕は知らなかったのです……「家庭で業務用ガスコンロを使用することのリスク」を。大家としていろいろと経験を積んで知識を得ていくと、業務用ガスコンロにはまさに長所をそのまま裏返したような欠点(=リスク)があることがわかってきました。
■リスク①センサーがないので万一の事故の危険がある
先ほど僕は「ガンガンに熱した鉄のフライパン」と書きました。
実を言うと、家庭用のガスコンロではこんなことはできません。なぜなら家庭用のガスコンロには「Siセンサー」という安全装置が搭載されていて「着火時に立ち消えが起こったり、火を消し忘れていたり、調理中に鍋が高温になり過ぎたりした際、センサーが反応して自動的に火を消してくれ」るからです。
この点については以前「日刊Sumai」の連載でも書きました。
ガスコンロが点火しない!Siセンサーや高温ボタンの故障に要注意
実は、このセンサー、料理好きの人たちの間では「ありがた迷惑」な存在としてかなり不評を買っていると聞きます。強火が必要なシチュエーションですぐセンサーが働いて弱火にされてしまうのがストレスに感じられるんだそうです。
キッチンは老若男女みんなが使う設備ですから、メーカー&業界的には最大公約数的な安全装置を生み出さねばならないことは理解できます。
かつてうちの祖母は天ぷら油の火を点けたまま外出し、台所を火事で焼きました。その血を引いているせいか、母もとにかく火の消し忘れが多く、しょっちゅうセンサーの警戒音を鳴らしていました。こういうのを目の当たりにすると「Siセンサー」は必要かもしれん、と思うのです。
調べてみると、NITE(製品評価技術基盤機構)のホームページにこんな記事が掲載されていました。
【ガスこんろの事故に注意~火災事故に潜むヒューマンエラー~】
まさに天ぷら油から出た火事の事例などが紹介されており、注意深い人間からすると「んなことしねーよ」と思われるようなエラーから一定数の事故が発生していることがわかります。いや、注意深い人間だってミスを犯すもの、と考えるべきなのでしょう。
■リスク②火力が強いので伝導加熱による火災の危険がある
さらに、業務用ガスコンロの高い火力にもリスクが潜んでいます。
伝導加熱による火災です。
ガスコンロから発せられた熱がまわりの壁に伝わり、内部の木材が熱せられて時間をかけて炭化し、出火してしまうという危険があるのです。
とくにガスコンロの使用時間の長い飲食店などにおいて多く発生する事故で、数年前にも築地のラーメン屋さんでこの伝導加熱による火災がありました。
怖いのは、壁の表面がステンレスであろうがキッチンパネルであろうがタイルであろうが、壁の内部が木材などの可燃材なら壁内発火のリスクがあるということ(壁内がブロックなどの不燃性の場合は別)。
うちはタイル壁だから安心、なんてことはないのです。
もうお気づきの方もいるかもしれませんが、これは業務用ガスコンロだけに限った話ではなく、家庭用ガスコンロにもあてはまるリスクです。ガスコンロの説明書をまじまじと読む人はあまりいないかもしれませんが、必ず設置に関する注意事項が記載してあります。大抵の場合、周囲の壁から15センチは離しておきましょうと書かれているはずです。
これは後日取り上げる防熱板(パロマ製)の説明書から引用させていただいた図。ガスコンロのトッププレートから前後左右に15センチのスペースを確保するよう「警告」しています(それができない場合は防熱板の設置を促しています)。
しかし、この「15センチ」が巷でしっかり守られているかというと微妙な話。置き型ガスコンロに対応したキッチンにおいては、ほとんどの場合ガスコンロ置場は60センチ幅しかなく、ガスコンロはほぼピッタリ収まってしまいます。うちのマンションの古いキッチンもそのタイプ。
コンロまわりにはステンレス板が張られてはいますが、ガスコンロを設置した際に15センチ離すことができるかというときわどい印象です。とくに柱のあたりが心配です。
厳密には放射温度計を使って測る必要があると思うので詳しくはわかりませんが、うちのような築年数の古いマンションでは置き型コンロはあるていどのリスクを伴って使用されているのが現実なのかもしれません。だとすると、火力の強い業務用の使用はやはり火災のリスクを高めると言わざるをえません。
以上のように考えると、世の中のキッチンがビルトイン式(内蔵型)になっていくのも納得がいきます。
これは僕の実家のガスコンロですが、バーナーの左右と奥にはしっかりとスペースが取ってあるのがわかります。さらに言えば、最近人気のフルフラットキッチンになると、まわりに壁がないので燃えようがありません。置き型にあるような伝導加熱による火災のリスクはほぼないと言えるでしょう。
とまあ、いろいろと書き連ねてきましたが、伝導加熱による火災は世の中の一般家庭のキッチンで多発している事故ではありません。火力が弱く使用時間も短い家庭用のキッチンでは、リスクに過敏になる必要はないのではないかというのが僕個人の意見です。
「たぶん大丈夫だよね」という話なのですが「賃貸に置く業務用ガスコンロ」となれば話がちがいます。
店子のみなさんはおそらく「伝導加熱による火災のリスク」についてはごぞんじないでしょうし、ひょっとしたら「Siセンサーの存在」すら知らないかもしれません。そんな入居者さんに「業務用ガスコンロ(を設置・使用すること)のリスク」を負わせることなど到底できません。
もし火の消し忘れや伝導加熱による火災が起きてしまえば、業務用を導入した大家に責任があることは明確です。マンションを経営する立場からしても、このリスクは早急に改善しなければならないと考えるようになりました。
次回は、業務用ガスコンロをどんな家庭用ガスコンロと交換したかについてお話します。