(573)『世界の楽しいインテリア』を読んでセンスについて考えた
今回は『世界の楽しいインテリア DESIGN * SPONGE at HOME』(グレース・ボニー著、斎藤栄一郎訳、X-Knowledge、2012年)をご紹介します。
まず、お断りしておくと、「世界の~」というタイトルだけを見ると、さまざまな国の多種多様なインテリアを紹介した本を思い描くかもしれませんが、そんなことはなく、ほぼアメリカのインテリア事例のみを取り上げた「偏った」書籍であることをまずご承知おきください。
仕事柄、たくさんのインテリア本を持っている僕ですが、その中でも折に触れて読み直している愛読書のひとつがこの本であります。
正直、「おしゃれなインテリアの部屋を作って入居者が集まりやすいようにしてマンションの経営を上向きにする」ための現実的なハウツー本は読み飽きました。
今の僕の関心は「最低限のハコ(部屋)は造った。じゃあ、そこでどんなふうにインテリアを楽しめばいいんだろう」というところにあり、この本はそんな個人的な興味にヒントを与えてくれるのです。そこが「インテリアのセンスって何だろう?」という点とも関わってくるのですが、前置きはこのへんにして本書を開いてみましょう。
■個性的なインテリアの実例を眺めて感じたこと
前半は「69 SNEAK PEAKS(個性あふれる69の住まい)」というさまざまな住まいの実例紹介に充てられており、このパートこそが本書のハイライトです。それぞれの事例に割かれたページは多くて4ページ、少ないと2ページしかありませんが、どれも非常に濃い内容です。
表紙に取り上げられた部屋を例に取ってご紹介します。
使われなくなった教会をアーティストのカップルが作り変えた事例(74-75ページ)で、アーティストとカメラマンという二人が「築110年という元教会だった建物をリノベーション」(74ページ)して「クリエイティブの実験場」(同ページ)ともいうべき住まいを作り上げました。
インパクト満点の写真を目にして真っ先に視線が向くのは「消防署でお馴染みの滑り棒」(75ページ)でしょう。「近所の消防博物館から譲り受けた」(75ページ)そうですが、これをリビングの中心に据えるあたり、「生活もデザインも奇抜さが大事」(同ページ)という住人のモットーが見事に表現されています。
加えて、かなり小ぶりなペンダントライトが連なる照明や、大小さまざまな額やオブジェをならべたディスプレイ、床に積まれたビビッドなカラーの書籍など、どれも個性的です。シェルチェアを合わせるのも面白い。
しかし、その「奇抜さ」だけに目を奪われてはいけません。
よくよく室内を眺めてみるとベースとなる壁や床は非常に質素なのです。壁に張られたのは正方形の合板ですし、グレーの床も既存の板材をペイントしたものでしょう。ドンと置かれたキャビネットも奇抜さとは程遠いオーソドックスな雰囲気が漂います。滑り棒や小物いろいろを取っ払ってみれば、この部屋がごくごくシンプルな(というか素っ気ない)内装であることがわかるはずです。
「奇抜さが大事」という尖ったモットーの下に作られた部屋でありながらキッチュさが漂わないのは、この対比――背景のシンプルさと、そこに盛られた個性の対比――があるからなのだと思います。
巷のインテリア事例集を見ていると「個性を前面に押し出しました」的な部屋の多くがけばけばしくてうるさいものに感じられることが多いのとはまったく対照的。「この壁には花柄の壁紙、あの壁にはブリックタイル、天井にはアクセントカラー、さらに趣味の雑貨をところせましとならべて…」なんてことをしてしまえば、見る側がゲンナリするようなくどいインテリアができあがってしまいがちという事実に気づかせてくれます。
お隣の75ページに掲載された写真を見ると、高い天井から「ボートの骨組み」(!)が大胆にも吊り下げられており、まるで自然史博物館で見るクジラの骨格模型のようなインパクトを与えます。にもかかわらず、インパクト倒れの出落ちインテリアになっていないのは、それを取り囲む周辺のインテリアが意外なほどにシンプルにまとまっているから。床のグレーに合わせて、向かい合って置かれたソファもグレーカラー。そこに、オレンジ&ライトブラウン系の色で適度にアクセントを加えた室内は、奇抜どころか王道を思わせる構成です。その証拠にボートの骨組みを指で隠して写真を見ると、驚くほどオーソドックスな室内に見えてきます。
このほか、「聖歌隊席を転用」(75ページ)したという寝室や、窓回りの天井に三角の切り込みを入れてアクセントを加えた本棚など、どれもユニークでありながらうるさくない部屋づくりは必見ですので、ぜひ本書を手に取ってごらんください。
さて、誤解を恐れずにいえば、このバランス感覚こそがインテリアのセンスなのだと思うのです。「おっ!」と目を引くアクセントはピンポイントだからこそ輝くわけで、そのバランスを考えずに足し算を続けると、(よほど神がかったセンスの持ち主でもないかぎり)ただの自己主張がならぶウザイ部屋になってしまうのでしょう。
その意味で、この本に取り上げられた事例はどれもセンスのいいものばかりなので、ページをめくっているだけで時間を忘れます。
■家具や小物に込められたDIYアイデアも面白い
この本の後半部分では、前半で紹介されたさまざまな部屋で用いられたDIYのアイデアをポイント別に列挙し、簡単な作り方も紹介しています。
個人的に印象に残ったのは、写真中段の真ん中のグリーンでペイントされたテーブル。新しい家具をそろえる予算のない新婚さんが、もらいもののテーブルに「お皿とカトラリーをかたどった型紙を手作りして、テーブルにかぶせ、上からネオングリーンでペイント」(269ページ)したそうですが、遊び心があって本当に楽しいテーブルです。
下から二段目、右の写真はワイン箱の飾り棚。「近所のワイン屋さんで分けてもらったワイン木箱をリサイクル」(184ページ)してウォールシェルフにアレンジしたんだそう。「木箱の内側にカラフルなラッピングペーパー」(同ページ)を貼ることでアクセントをつけている点も素晴らしいですが、特筆すべきはその中身。砂時計やハンティングトロフィーのミニチュアなどを本と一緒にディスプレイし、センスのある空間を作り出しています。ぜひ大きい写真でごらんください。
写真左下のローテーブルは「工事現場などで見かける巨大な糸巻き」(190ページ)のような木製ドラムをリメイクししました。これまた奇抜なアイデアですが、放射状にならんだ本がかわいらしい雰囲気を醸し出していて面白いです。
下から二段目の真ん中の赤い壁は、「鮮やかなトマトレッド」(227ページ)にペイントした有孔ボード。このキッチンは本書の著者(編者)グレース・ボニー氏本人の「大好きな赤をポイントにした部屋」(32ページ)です。
カバーに記載されたプロフィール写真を見ると、バックにも目を引く赤色が。この背景も自室の寝室のヘッドボードで、大工さんにカットしてもらった個性的な形のボードに「アニマルパターンの刺繍」(189ページ)を貼って作ったんだそうです。
ついでに、この本の成り立ちについても触れておきましょうか。
この「世界の楽しいインテリア」、氏が2004年に始めた「Design * Sponge」というブログが元になっています。
「クリエイターやデザイン好きの間で話題になり急成長」し人気を博しましたが、2019年には運営を終了。残念ながら、現在はその内容を読むことはできません。実体のないネットの情報はここが怖いですね。書籍にしてもらったおかげでいつでも読み直せるのがありがたいです。
「インテリアのセンスとは何か?」なんて大上段に構えて語ってみましたが、部屋を彩るさまざまなインテリアの実例を眺めることで、「楽しみながらインテリアをめぐる頭の体操」ができてしまう、素晴らしい本です。ぜひ、ご一読を。