(405)【日刊Sumai再録】2年前に閉館した「ホテルクラスカ」の思い出
2022年も残り数日となりました。
今回は「日刊Sumai」の再録記事「もうすぐ閉館の「ホテルクラスカ」で個性的なインテリアを堪能してきた」(2020年12月14日公開)をお届けします。
目黒の「ホテルクラスカ」の閉館から2年余りが経ちました。
2020年の年末、このブログでも「ホテルクラスカ」について書いたのですが、
「日刊Sumai」の宿泊体験記を補完する意味合いで書いたこともあり、あらためてこちらに再掲することにしました。
なお、記事冒頭のイントロダクション部分のみ、公開当時から若干文言を削ってあることをお断りしておきます。
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【もうすぐ閉館の「ホテルクラスカ」で個性的なインテリアを堪能してきた】
目黒の「ホテルクラスカ」が2020年12月20日に閉館を迎えます。およそ半世紀前に建設された「ホテルニュー目黒」を2003年にリニューアルして以来、20年近くにわたってリノベーションホテルの代表的存在として人気を博してきました。
インテリアショップが軒を連ねる目黒通りに位置するとあって、僕も何度かホテル内のショップを訪れたこともあり、前から気になる存在でした。とはいえ、お隣の世田谷区に住んでいる僕からするとホテルとしては近すぎるという思いもあり、宿泊できずじまいのまま閉館の知らせを聞くことになってしまいました。
最後のチャンスを逃してはなるまいと、寒さも厳しくなった12月の初旬、滑り込みで宿泊してきました。
■外観やエントランスはレトロで落ち着いた雰囲気
「クラスカ」があるのは東急東横線の学芸大学駅から徒歩15分ほどの場所。
ブラウンやベージュでランダムに塗装された外壁が目を引きます。レトロでありながら古臭さを感じさせない工夫ですね。
「クラスカ」のロゴとインスタレーションが印象的な入口を通り、ホテル内へと入ります。
フロントは照明を抑えた落ち着いた雰囲気。
併設のレストラン「kiokuh」もラウンジのようなムードが漂います。
この時間は準備中でしたが、営業中はたくさんのお客さんでにぎわっていました。
歴史を感じさせるエレベーターで客室へ。
■自分好みに照明をコントロールできる部屋
僕らが泊まったのは701号室。
室内に入ると、部屋をさまざまな角度から照らす優しい光が迎えてくれます。
「クラスカ」の客室は部屋ごとにインテリアのテイストが異なるのですが、この部屋のテーマは「陰翳礼讃」。
谷崎潤一郎の名著からインスピレーションを受け、デザイナーのマイク・エーブルソン氏がインテリアを手がけました。ホテルの照明に不満を感じることが多かったというエーブルソン氏が、光をコントロールできるようにデザインしたのだとか。
その狙いどおり、照明の調節によって部屋の表情はさまざまに変化します。
躯体現しの天井に設置された照明を点けると部屋全体がニュートラルに照らされます。
いっぽう間接照明のみだと、より陰影が強調されて落ち着いた雰囲気に。
もちろん、両方を併用するのもありです。
宿泊客自らが「光をコントロール」することで、気分や用途に合った快適な照明環境を作り出すことができます。
■室内にタイヤ?用途に応じて動かせるテーブル
この部屋のもうひとつの目玉が「動かせるテーブル」です。
なんとテーブルの片側にタイヤがついているのです(!)。まずテーブル横のストッパーを外します。
そのままテーブルをスライドさせて好きな位置まで動かします。
なんとも遊び心あふれる仕掛けですが、一晩過ごしてみて実際の利便性も実感できました。僕は妻より先に部屋に到着したのですが、
ひとりで過ごすときはテレビの前にテーブルを置いて、ニュースを横目に仕事をしました。
一方、妻と食事を取ったりコーヒーを楽しんだりするときには、造り付けのソファと対面で座れる位置にセッティング。
「クラスカ」のご近所にある「小川軒」のお菓子と「神乃珈琲」のドリップバッグを備えつけのカップで楽しみました。
妻と旅行に行くと、買ってきた食べ物を二人で楽しむのに適したテーブルが室内にないので困ることが多いのですが、この部屋ではストレスなくカフェタイムを満喫できました。
■まるで船室のような居心地の良い「おこもり感」
コーヒーを飲みながら「この部屋、なんだか船室みたいだね」と妻が言ったのを聞いて、なるほどと思いました。こちらの部屋は「クラスカ」の中でも比較的狭い(18平米)部屋のひとつで、間取りはこんな感じ。
ベッドも一段高いところに設置されているため、ふつうならば窮屈に感じてもおかしくありません。
でも、照明の調節やテーブルの移動によって室内を自分好みにカスタマイズできるせいか、狭さを感じるどころか、なんともいえない居心地の良さを味わえます。まるで船室のような「おこもり感」。
コロナ禍ということもあり、今回の宿泊では外食もせずただ室内で過ごすだけでしたが、滞在そのものを楽しめたのはこのインテリアのおかげだと思います。
デザイナーによるホテルというと、個性が悪目立ちしすぎてなんだか落ち着かないということもあると思いますが、この部屋では個性的な試みが絶妙な居心地の良さを生み出している点に感心し、大家としてもすごく勉強になりました。
もしこんな賃貸物件があったら、絶対みんな借りたいと思うはずです。
■さようなら、「ホテルクラスカ」
最後に、水まわりもご紹介しておきましょう。
最近はサブウェイタイルのようなツルツルで光沢のあるものが流行りですが、この部屋に選ばれているのは凹凸のあるマットな質感のタイル。
どことなくレトロさも感じさせます。ミニマムな洗面台にも丁寧にタイルが張られていて、タイル好きにはうれしい造りでした。
水まわりの広さは通常のホテルの3点ユニットと同じくらいですが、浴槽がないぶん余裕を感じられます。これも狭小物件のリノベーションのお手本になりそう。
水まわりのドアからもうっすらと灯りがこぼれます。
こんな具合にアイデアと工夫に満ちた楽しい部屋なのですが、「ぜひみなさんも訪れてみてください」と書けないのが残念でなりません。
帰り際、清掃中の他の客室の前を通りかかったときに見えたインテリアは、またちがう雰囲気でした。
他の部屋にはきっとまた別の素晴らしい体験があるのでしょう。
そんなふうに想像すると宿泊したばかりの僕でも後ろ髪を引かれる思いですが、「ホテルクラスカ」の歴史の最終ページに立ち会えたことを喜んでおきたいと思います。
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2年の時を経てあらためて見直してみると、ホテル全体の雰囲気もさることながら、それ以上にマイク・エーブルソン氏がデザインした701号室のインテリアが素晴らしかったな、と思いました。
遊び心がありながら、居心地のよさもあり……できればもう一度泊まってみたいものですが、それも叶わないと思うと残念です。
昔を懐かしんでばかりいてもしょうがないので、最近のマイク・エーブルソン氏の仕事を調べたところ、中野にあるカフェ「LOU」の内装を手がけていたことを知りました。
【Casa BRUTUS】〈パドラーズコーヒー〉待望の2号店〈LOU〉が誕生! その中身をたっぷり紹介。
この記事の中で店内の雰囲気を「心地いい“非日常”」という言葉で表現していますが、それはクラスカの701号室にも通じる表現だと思います。立派な車輪で動くショーケースも、あの移動式のテーブルを思い出させます。来春、ヒマを見つけてぜひ訪れてみたいと思います。
では、みなさま、良いお年をお過ごしください。