(250)【小さな家の小さな本棚⑫】『ビンテージマンションで楽しむスタイルのある暮らし』
今回は『ビンテージマンションで楽しむスタイルのある暮らし』(エクスナレッジ、2015年)をご紹介いたします。
オフィシャルページによれば、「都内のビンテージマンション21カ所にスポットをあて紹介」した本であり、「新築マンションからは得ることができない、古き良きデザイン、生活を知ることができる1冊」だそう。
「ビンテージマンションとは何ぞや?」という定義は気になりますが、そのあたりには一切言及はありません。しかし、取り上げられているマンションのリストを眺めれば、おのずと定義らしきものが浮かび上がってきます。
白金・青山・広尾・目黒などの一等地がずらりとならぶのを見れば「ビンテージマンション」という言葉の意味するところは「都心の一等地にあり、築年数を重ねたハイエンドな分譲マンション」だとわかります。
実際に本を開いてみれば豊富な写真が目を引きます。
表紙を飾っているのは文京区春日の「川口アパートメント」(130~143ページ)の一室。
こちらの建物が建てられたのは1964年で「多数の著名人が居を構えたという高級マンション創世期の代表作」(131ページ)だそうです。半世紀前に建てられただけあって、和製英語である「マンション」ではなくきちんと「アパートメント」と名乗るあたり、本格派の匂いがしますね。
革張りらしきソファがならぶ「来客用の待合スペース」や「ホテルライクなシーリングライト」(132ページ)など、共用部からも「昭和の高級マンション」ならではの重厚な雰囲気が感じ取れます。
写真の部屋にお住まいなのは建築デザイン&不動産事務所を営むご夫婦だそうで本職ならではの抑制の効いたインテリアが古い建物にマッチしています。
「マンションに入居するまでの経緯」や「実際に暮らした感想」など、住人の生の声を紹介しているのもこの書籍の良いところ。こちらのご夫婦は賃貸で入居したのちにオーナーから部屋を購入したそうです。「室内の造作家具はもともと素材がいいからヴィンテージ感を楽しめます」(142ページ)という言葉どおり、ダイニングにある壁面収納は現在でも古臭さを感じさせません。
新橋の老舗のものだというドアノブも素敵。本書では、このほかにも装飾が美しいウォールライト(62ページ)だとか、レトロな呼び鈴(114ページ)、空調システムのダイヤル(120ページ)など、たまらないディテールが多数紹介されています。もともと備え付けられた設備に味があるというのはすごい強みだなと実感します。
この本の中では青の屋根と白い外壁でおなじみの「秀和レジデンス」や、大胆な色使いが印象的な「ビラ・シリーズ」など、個性あふれるマンションが多数紹介されているのですが、中でも巻頭を飾る千代田区の「一番町パーク・マンション」(4~13ページ)には驚かされました。
住民専用のスカイラウンジ、吹き抜けの階段に設置されたシャンデリアなど、いかにも高級マンションといった設備を備えながらも、下品さを感じさせず落ち着きのある自然な高級感を漂わせているのは数十年の時を経たビンテージマンションだからこそでしょう。新築の最高級マンションでは、こういう風格は手に入らないのではないでしょうか。
室内の造作家具も素晴らしく、イームズの椅子やジョージ・ネルソンのバブルランプがさらりとなじむインテリアは「これぞビンテージ」という感じ。ぜひ手に取って写真をごらんください。
いよいよ気になるのが物件のお値段ではありますが、残念ながらその点にはまったく触れられません。間取り図や平米数のような具体的な情報もなく、ビンテージマンションの購入を実際に検討しているという人は歯がゆい思いを抱くかもしれませんが、この種の高級マンションに暮らす人が容易に自宅の情報をさらしてくれるわけもなく、写真を公開してくれるだけでも眼福だなと思います。
裏表紙に掲載されている「シャトー東洋南青山」(40~49ページ)の共用部も美しいです。今なら「スペースのムダ使い」と言われてしまいそうな空間で、円柱の内部には螺旋階段があります。
こちらのマンションからは天井をむき出しにしてラフな雰囲気を演出した一室が紹介されています。「TRUCKのソファやアラジンのストーブなど、吟味した家具のみ」(48ページ)がならぶ部屋は海外のマンションのよう。
この部屋のご主人は海外生活の経験をお持ちだそうで「壊れてもすぐ直せばいい」(48ページ)というマインドでこのマンションを購入したんだとか。
この気持ちの持ち方はすごく大事なポイントで、いくらきちんとメンテナンスされたビンテージマンションでも最新鋭の建物のような快適さが得られないのは事実で、そのあたりの不自由さをきちんと受け入れられるかが重要だと思います。
「正直、水はけは悪いし冬は寒いです。でも既製品みたいにきれいな部屋より、天井の配管むき出しのこの部屋のほうがずっと僕たちらしくて幸せ」(48ページ)という言葉には、ビンテージマンションにかぎらず築古マンションの魅力とデメリットが簡潔に表現されていると思いました。
くりかえしになりますが、利便性や機能上の快適性を求めるならば新築のほうがいいに決まっています。少々の不自由を受け入れてでも選びたいような魅力こそが「ビンテージ」という言葉の真の意味と言えるかもしれません。
思えば、昨年末に取材した「ホテルクラスカ」もそんなホテルでした。
半世紀近く前に建てられた建物を巧みにリノベーションした内装にはビンテージマンションに通じる魅力がありました。
とくに前身の「ホテルニューメグロ」のものを残したという内装タイルは現在では入手できないもの。
返す返すも閉館が残念でなりません。
さて。
くらべものにもなりませんが、うちのマンションにだって新築のワンルームにはない「レトロな」魅力があると自負しています。
実は、近隣からの引っ越しを希望して内見にいらっしゃる方も多く「散歩のときに前を通って気になっていました」なんて言われることもあって驚かされます。
とくに外壁のグリーンのタイルは褒めてもらえることの多い部分。生まれたときから見慣れていたマンションが、そんなふうにポジティブに見てもらえるのだと思うとうれしくなります。
話が脱線しましたが、こんなふうに思わず夢想が広がるような本だと思います。 旧いものが好き――そんな方にこそぜひ手に取っていただきたい一冊です。