(109)【小さな家の小さな本棚④】吉村順三『小さな森の家』
あけましておめでとうございます。
今回は「小さな家の小さな本棚」の4回目。
取り上げるのは『小さな森の家 軽井沢山荘物語』(吉村順三著、建築資料研究社、1996年)です。
著者の吉村順三氏は「日本を代表する建築家」(帯文句より引用)だそうですが、建築に疎い僕は書店で手に取って初めて名前を知りました。
目に留まった理由は『小さな森の家』というタイトル。
表紙にあしらわれた控えめな写真の印象とは裏腹に、本をめくってみると思ったよりも立派な山荘であることがわかり肩透かしを受けた気分になったものの、少し読み進めるだけですぐに気に入って購入しました。
この本で取り上げられるのは、吉村氏が自分自身のために1962年に建てた別荘です。
以前もご紹介した「自然を楽しむ週末別荘傑作選」(世界文化社、2005年)の表紙を飾っていたのもこの別荘でした。
写真は山荘のリビング。
障子をすべて開け放つと、森の景色が眼前に広がります。
ポイントは、このリビングが2階に設けられていること。
『小さな森の家』の中で「浮かぶ2階」と表現されているように「まるで木立のなかに浮いているような」錯覚を起こさせる眺めは、半世紀を経てもなお古さを感じさせません。
この2階部分を支えているのがコンクリートで造られた1階部分。
『小さな森の家』の裏表紙のスケッチを見てもわかるとおり、この建物は2階が突き出た構造になっています。
コンクリート造の1階に木造の2階を乗せることで、リビングが建物からせり出すような造りが可能となり、浮遊感を感じさせているのだそうです。
「自然を楽しむ週末別荘傑作選」に掲載された吉村氏の他の作品にも、似たような構造の建物を見出すことができます。
これまた表紙に掲載されている写真。
氏が亀倉雄策氏のために山中湖に建てた別荘です。
5メートルを超えるキャンティレバーなるものがテラスを支え、浮遊感を演出しています。
広々としてなんとも贅沢な空間です。
さて、『小さな森の家』に戻りましょう。
この本の素晴らしいところは、建築家自らが解説する本にありがちな晦渋な文章ではなく、読者に語りかけるような親しみやすい文体でつづられているところ。
特に、第1章「山荘案内」が僕のお気に入りです。
アプローチを経て山荘に入り、階段を上がって先ほどのリビングにたどりつくさまを写真とともに読み進めていくと、まるで自分が吉村邸に招かれたような気分になります。
このリビングのソファに腰かけたら、さぞ気持ちよいだろうとつい夢想してしまいます。
リビング以外にも、もともとはお手伝いさん用だったという部屋を改造して作った小さな食堂や、奥深い森を臨むことのできる屋根裏の書斎、自然を満喫することができる屋上の露台など、派手さはありませんが“居心地良さげな”空間が紹介されています。
第2章「心地よい空間をつくる手法」では、この空間がいかに人間の感覚を大事に作られているかが細部にわたって解説されていきます。
冬の厳しい寒さや防犯への対策はもちろん、階段や引手の細部に至るまで、しっかりと考え尽くされていることが伝わってきます。
続く第3章「軽井沢の四季」では、自然に囲まれた山荘の四季折々の豊かな表情が美しい写真とともに語られます。
軽井沢の別荘というと避暑のイメージが強いのですが、紅葉の美しい秋や雪景色が美しい冬も魅力的。
暖炉で暖まりながら、窓の外の雪の森を見るなんて最高の贅沢ではないでしょうか。
以上の3章に、氏が軽井沢の想い出について語る第4章と、その後の山荘の増改築を追った第5章が続き、巻末には氏による手描きの図面も収録されており、この山荘の魅力を余すところなく楽しむことができます。
この1冊に、別荘の楽しさや建築の面白さ、自然の美しさがすべて詰まっていると言っても過言ではない良書です。
こうして読み終えてみて、やはり別荘は周囲の自然環境を上手に取り込むことが大事なのだなあと思いました。
この山荘とは比べるのもおこがましい我が山小屋も、狭いながらも窓を大きく取ったのは室内にいながら自然を感じられるようにしたかったからでした(窓については第63回で詳しく書きました)。
ただし、我が山小屋はあくまで春から秋のためのもの。
前々回にお話したとおり、寒さの厳しい冬季はお休みします。
『小さな森の家』を読み終えた後だと、やっぱり冬も使えるような造りにしておくべきだったのかなという後悔もちょっぴり感じます。
冬の山には冬の良さがあるのは事実で、本音を言えば冬にだって月イチくらいで山小屋を訪れたいのですが、そのためには室内で暖かく過ごせるような工夫(というか追加の工事)が必要になります。
でも、断熱ってけっこうなお金がかかるんですよね……。
現実はなかなか厳しいのですが、いずれは冬を過ごせるようにしたい、と心密かに思ったりしています。