(124)【小さな家の小さな本棚⑤】島崎信『美しい椅子 北欧4人の名匠のデザイン』

お金のこと

前回前々回と北欧の椅子の専門店「サボファニチャー」の店主・小松義樹さんのインタビューを掲載いたしました。

今回は取材にあたって下準備に読んだ『美しい椅子 北欧4人の名匠のデザイン』(島崎信+東京・生活デザインミュージアム、枻文庫、2003年) をご紹介したいと思います。

解説も平易で読みやすく、コンパクトで安価。

初心者も気軽に手に取れますし、どこにでも気楽に持って行けます。

聞けば、小松さんも北欧留学の際に持参したとか。

新品が入手しにくくなった現在も古本で安く手に入れられます。

カタログ的で写真も豊富なので、ウンチクは要らないという方も椅子を眺めるだけで楽しめます。

パラパラとめくっていけば、自分の好みもおのずとわかってくるかもしれません。

副題にある「4人の名匠」とは、ハンス・J・ウェグナー、アルネ・ヤコブセン、ボーエ・モーエンセン、フィン・ユールのこと。

表紙を飾る4脚はそれぞれの代表作です。

本の構成としてはデザイナーごとに1章ずつが割かれ、計4章から成り立っています。

【ハンス・J・ウェグナー】

ウェグナーの「ザ・チェア」

表紙の「ザ・チェア」はサボファニチャーのインタビューでもご紹介しました。

サボファニチャーの「ザ・チェア」
※サボファニチャーの許可を得て撮影・掲載しています

この本の中では、座面が籐張りのものが紹介されており(18ページ)、革張りとはまたちがった軽やかな印象を受けます。

ほかにもサボファニチャーで拝見した「Yチェア」や「CH25」、「PP68」や「ヴァレットチェア」なども紹介されているのですが、こうして眺めると同じ椅子でも木材の仕上げや座面の素材で印象がガラリと変わるのが実感できます。

とくにこの本で紹介されている「シェルチェア」(32ページ)は、木部を真っ赤に塗りファブリックに白を選んだもので、僕がサボファニチャーで見た紺のファブリック&オイル仕上げのタイプとは別物とも言える印象でした。

サボファニチャーの「シェルチェア」
※サボファニチャーの許可を得て撮影・掲載しています

いざオーダーするとなったら、膨大な組み合わせの中からたったひとつの仕様を選ばねばならないのですが、最終的な仕上がりを想像するのは容易ではなく、相当悩むんだろうなあ、と思います。

このへんはインテリアの素材選びの難しさにも通じるところがありますね。

【アルネ・ヤコブセン】

セブンチェア

ヤコブセンといえば表紙の「セブンチェア」が有名ですが、僕が初めて「北欧デザイン」というものを意識したのが64ページで紹介されている「スワンチェア」でした。

きっかけは日産のテレビCMです。

おぼろげな記憶だったのですが、今回調べてみて「ティアナ」のCMだとわかりました。

マット・ビアンコ(Matt Bianco)による、ドゥービ―ブラザーズのカバー「What A Fool Believes」をバックに、おしゃれな椅子たちが紹介され、それがティアナへとつながります。

今見ると、名作椅子の数々に自社のクルマ(のシート)を連ねるという「不遜」とも取られかねない内容ですが、当時の僕は何も知らなかったせいか「へえ、こういうのがおしゃれな椅子なのか」と感じたのを覚えています。

このCMが放送されたのが2003年で『美しい椅子』の出版年と同じ年。

思えば「北欧デザイン」がもてはやされた時代だったのかもしれませんね。

このCM以来、10年ばかり、僕の中では、ヤコブセンが「おしゃれな北欧」代表だったわけですが、5年ほど前にサボファニチャーを訪れてウェグナーの椅子を見て「ん?なんだか僕の知ってる北欧デザインとちがうぞ」と感じることになります。

ひとことで「北欧デザイン」といっても、その内に多様性を内包している」という割と当たり前な事実にようやく気づいたわけです。

この本を読んで意外だったのは、ウェグナーのほうがヤコブセンよりも年下で、しかもヤコブセンの下でウェグナーが働いていたということ。

椅子だけを見て、僕はなんとなくウェグナーのほうが年上だと思い込んでいました。

無垢の木を使ったシンプルな椅子が多いウェグナーに対し、ヤコブセンの椅子はプライウッドや硬質発砲ウレタンのような新しい素材を用いた椅子が多いせいだと思います。

椅子の見た目から受けた素朴な印象を、史実で補ったり置き換えたりしていくのもこういう読書の楽しみです。

【ボーエ・モーエンセン】

スパニッシュチェア

モーエンセンというと、表紙になっている「スパニッシュチェア」も名作ですが、負けず劣らず有名なのが「J39」です。

「日刊Sumai」の連載や先日のインタビュー記事では触れられなかったのですが、サボファニチャーにも扱いがあって座らせていただきました。

サボファニチャーのJ39
※サボファニチャーの許可を得て撮影・掲載しています

「J39」は小松さん曰く「デンマークでもっとも普及している椅子」とのこと。

本書では「機能と美しさを合わせ持つ、簡素なフォルム」(88ページ)というキャッチが付されていますが、その言葉どおりシンプルでどんなインテリアにもマッチしそうな椅子です。

もともとは「一般市民のために安価で質の高い椅子を」提供するという目的のためにデザインされたのだそうです。

とりわけ興味深いのは「J39の価格変遷に見る、時代の移り変わり」と題されたコラム(108,109ページ)。

「J39」の価格がどう変わってきたかが、日本の大卒初任給との比較で説明されています。

著者の島崎氏は「J39」の価格と初任給が足並みをそろえて上昇していることを指摘し「きちんと物価にスライドしていることがわかって興味深い」(109ページ)と書かれているのですが、残念ながらそう言えたのはこの本が書かれた2003年頃までのこと。

以降の価格の推移をかんたんに補ってみると事態は変わります。

この本によると「J39」(オーク材)の「2003年現在の日本での売値49,000円」。

調べてみると、2003年の大卒初任給は201,300円でした。

ところが、現在の「J39」(オーク材)が「111,000円」なのに対し、2019年入社の大卒初任給は「212,304円」なのです。

J39と初任給の変遷

2003年からの16年間で「J39」は約1.7倍にも値が上がっているにもかかわらず、初任給は1.05倍とほぼ横ばい。

「物価にスライドする」という法則は脆くも崩れ去り、かつて初任給の4分の1ほどの価格で手に入ったものが、今や初任給の半分をはたいても買えないものになってしまいました。

ちなみに、2003年から16年さかのぼった1987年の初任給を調べてみると「148,200円」。

2003年には1.35倍に伸びたことを考えると、いかに初任給が伸び悩んでいるかわかります。

若者の給料は上がらないが、遠い国で作られた椅子の価格は上がり続け、どんどん手が届かない存在になっていくのでしょうか。

問題が日本にあるのかデンマークにあるのか、は問いますまい。

とにもかくにも、半世紀前にデンマークで作られた「一般市民のために安価で質の高い椅子」は、今や日本では完全に高級品となっているのです。

延々とお金の話をしてしまいましたが、スタイルばかりが語られがちな「北欧デザイン」を別の角度から考えるという意味で興味深いコラムだと思います。

【フィン・ユール】

最後は、サボファニチャーの店主の小松さんがウェグナーとの対比で「彫刻的」と評したフィン・ユール。

ペリカンチェア

表紙の「ペリカンチェア」を筆頭に、曲線のフォルムが美しい個性的な椅子たちは、なるほど「彫刻的」と呼ぶにふさわしいもの。

公園かどこかに置かれれば、オブジェにも見えそうです。

個人的に椅子以上に感心したのが、コラム「美しいドローイング」(156,157ページ)に掲載されている「イージーチェアNV53のデッサン」です。

水彩絵具を用いて手描きで描かれたというドローイングは、そのままポスターにしてしまいたいような美しい仕上がり。

著者が思わず「今の図面はすべて工事製作手配図のようなもの」(156ページ)と嘆いてしまうのもむべなるかな。

美しい椅子 書影

以上の4章に加え、巻末には椅子に使用される木材の説明や椅子の四大潮流の解説など、初心者にうれしいコラムも掲載されています。

小さな本ですから、ひとつひとつの椅子についての情報量は少なめですし、詳しい方からすると「あれがない」という不満もあるのかもしれませんが、初めて椅子の世界に触れる僕にとっては、時代的な変遷や作家の影響関係などもわかり勉強になりました。

なお、この本には4冊の続編があります。

『美しい椅子2 にっぽんオリジナルのデザイン力』(島崎信+東京・生活デザインミュージアム、枻文庫、2004年)は、以前、天童木工の低座椅子をご紹介したときに引用しました。

以後、3は木製、

4は金属製、

5はプラスチック製と、

素材ごとに続編が作られています。

僕は3まで持っています。

美しい椅子シリーズ 書影

椅子の世界に興味がある方にぜひおすすめしたいシリーズです。

アサクラ

大家業。世田谷のマンションと東京西部の山奥にある小屋を管理&経営。 『日刊Sumai』(扶桑社)で「なんでも大家日記@世田谷」を連載中。 https://s...

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