(169)【小さな家の小さな本棚⑧】レスター・ウォーカー『タイニーハウス』
今回ご紹介するのはレスター・ウォーカー『タイニーハウス 小さな家が思想を持った』(玉井一匡・山本草介訳、ワールドフォトプレス、2002年)です。
これまでご紹介してきた本の多くがこの10年の間に出版されてきたのに対し、この本の原著の出版はなんと1987年。
まだソビエト連邦が崩壊する前、昭和の日本がバブルに沸き立っている頃ですから、まさにタイニーハウス論考の先駆的存在なのはまちがいありません。
本書の袖に記載された紹介文には「たっぷりゆったり、大きく広々とした家に住むことがステータスであるはずのアメリカで“小さな家”が注目されている」と書かれています。
日本語版と原著のタイムラグを考えると、バブルもITバブルもはじけ、停滞ムードが漂う日本にこそ「タイニーハウス」が必要だという考えから本書が翻訳されたのではないかと推測します。
ちなみに、ウォーカー氏は人類史上初の有人宇宙飛行がきっかけで「隅々まで設計し尽くされた極小の生活空間」(14ページ)に関心を抱くようになったんだそうす。
宇宙はいつも人間の想像力を刺激するものですが、こんなかたちの影響もあるとは意外でした。
さて、どんな本かを簡潔に説明すると「アメリカの43軒の小屋を図面と写真とともに紹介する」という著作です。
といっても、以前ご紹介したミミ・ザイガー氏の『タイニーハウス』シリーズのような現代の小屋だけでなく、1620年代初頭にイングランドからアメリカに移住した移民たちの小屋を皮切りに、開拓時代の丸太小屋やヘンリー・ソローの小屋のような歴史的な事例も紹介しています。
それぞれに構造がわかるようなシンプルな図面も付されており、小屋のミニチュアを見ているような楽しさもあります。
さすが建築家とあって、小屋の構造やサイズ感についてしっかりとした描写とデータも記載され、写真だけを愛でる類の書籍とは一線を画した硬派な著作と言えましょう。
■タールペーパーハウス(Tarpaper House)
表紙を飾っているのは、130~133ページに掲載されている「タールペーパーハウス」です。
タールペーパーとは「タールを染み込ませたフェルトペーパー」(131ページ)で、「外装材で覆うための下地材料」(131ページ)のこと。
たしかに写真をよく見ると、外装がペラペラしてるのがわかります。
「複雑な建築技術もいらず、600ドルくらいの費用で建てられる」(131ページ)安価さが魅力ですが、耐用年数は短いとのことで、雨風の強い日本ではまずムリな仕上げかもしれません。
■詩人の家(Poetry House)
続いては150~153ページに掲載されている「詩人の家」と名付けられたかわいらしい小屋。
実はこれ、もともとは古い屋外用トイレ(!)だった建物を、家具職人の助けを借りて詩作の小屋に作り変えたんだそうです。
窓やドアは新しく手作りされたこともあり、もとがトイレだったとはとても思えません。
中を見ると便座が椅子に作り変えられて、心地よいワークスペースになっているのも面白いです。
「馬上枕上厠上」という言葉もあるくらいですから、良いアイデアが生まれるのかも。
■キューブハウス(Cube House)
お次は著者であるウォーカー氏が設計した「キューブハウス」(116~119ページ)です。
この小屋の特徴は、壁がパネルになっていてすべて取り外すことができるところ。
写真は雪の積もった冬の景色ですが、夏になると断熱性の低い網戸のパネルに交換することで風が抜けて快適に過ごせるようになっているそうです。
パネルを変えて模様替えもできるなど、建築家ならではのアイデアが詰まっています。
■建築家のスタジオ(Architect’s Studio)
こちらは建築家がセルフビルドした小屋(142~145ページ)。
その名のとおり、仕事場として使われています。
中古の窓を再利用したという広い3面の窓からは外の緑が臨めます。
一方、開閉可能な小さな窓にはステンドグラスがはめ込まれていて、これが武骨な山小屋に洗練された雰囲気を加えています。
暖炉も備え、作業に没頭できそうな空間です。
■ゲストハウス(Guest House)
最後に紹介するのは146~149ページに掲載された「ゲストハウス」。
もともとは母屋の隣に建てられた倉庫だった建物を来客用のゲストハウスに改装したそうで、うちの山小屋に来歴がそっくりの小屋です。
裏表紙に立体図も掲載されていたので、そちらもどうぞ。
本書によると、小屋のサイズは11フィート×9フィート。
メートルに直すと、約3.3メートル×2.7メートルです。
うちの山小屋と大差ない、まさにタイニーハウスです。
ベッドとデスク、キッチンが備えられており、2人で宿泊できますが、シャワーやトイレはありません。
ここはうちの小屋との大きなちがい。
ひとことでゲストハウスといっても、目的によって設備は異なるなと実感しました。
このほかにも、氷上に建てられた釣り小屋や、
砂丘に建てられた小屋など、
それぞれに背景も造りも異なる面白い小屋が多数掲載されています。
どれも来歴や工法がしっかりと説明されているので、読み物としてのクオリティも高いです。
もし小屋を建てたいと思っているのなら、きっと何らかのヒントが見つかることでしょう。
惜しまれるのは写真がすべてモノクロだということ。
引用した写真はすべて表紙及び裏表紙の一部ですが、これ以外には一枚もカラー写真は掲載されていません。
もうひとつ残念なのが、こんな好著が今や絶版であること。
日本でタイニーハウスがもてはやされるようになったのはわりと最近であることを考えると、2002年の出版はちと早すぎたのかもしれません。
写真をカラーにして再販してくれたらうれしいのですが。