(279)【小さな家の小さな本棚⑭】中村好文『食う寝る遊ぶ 小屋暮らし』
今回は中村好文著『食う寝る遊ぶ 小屋暮らし』(PHP研究所、2013年)を取り上げます。
中村氏の著書は以前もご紹介しましたね。
共通するワードは「小屋」です。
中村氏は建築家として多数の「別荘」を手がけていますが、どれも「別荘」という言葉で想像するような広くて豪華な建物ではなく、こじんまりとして質素な感じの良い建物ばかり。
この本で題材となっている「LEMM HUT」も、浅間山のふもとにある開拓者の家を自分自身のためにリノベーションした小さな建物です。「HUT」は英語で「小屋」。
氏曰く「床面積一四坪の質素な建物は「小屋」という呼び名のほうがピッタリ」(2ページ)くることから名づけられました。
この「LEMM HUT」のいちばんの特徴は次の一文に簡潔に書かれています。
「小屋暮らしの目的は、自然の懐に抱かれて休暇をのんびり過ごすことだけではなく電線、電話線、水道管、下水管、ガス管などの、文明の命綱ともいうべき、「線」と「管」に繋がれていない住宅で、どうしたらエネルギーを自給自足することができるか、また、そこでは具体的にはどんな暮らしが営めるかを、身をもって実践してみることでした」(108ページ)
インフラを一切引かない住宅という考え方は今でこそ「オフグリッド」という呼び名とともに少しずつ認知度が高まっていますが、中村氏がこの小屋を建てたのは2005年のことですから、なかなか先駆的だったと言えます。しかも、氏がこのアイデアを最初に公表したのはなんと1990年(!)のことだそうで、まだ世間にバブルの空気が色濃く残る時代にこんな構想を抱いていたとは、その慧眼には感服します。
氏も書いているとおり、2011年の震災以降、インフラのない状況でいかに暮らすかというのは単なる実験ではなく、我々にとって差し迫った課題として感じられるようになったのはまちがいありません。震災当時、山小屋に暮らしていた僕も「計画停電」で電気のない暮らしがいかに不便かを体感しました。我が家のように日当たりの悪い家では電気がなければ昼でも薄暗くて本も読めません。水道はポンプによって水を運んでいるので停電すると断水になり、ガスヒーターも電気なしには動きません。この本を手に取った背景にはそんな記憶もあった気がします。
さて、中村氏の「LEMM HUT」が自給自足を実現するために駆使しているものは以下の設備。
- 「電力は風力発電とソーラー発電でまかなう」(4ページ)
- 「水は屋根で集めた雨水を浄化して使う」(4ページ)
- 「調理は炭火を燃料とする七厘またはキッチンストーヴ」(4ページ)
- 「お風呂は薪で焚く五右衛門風呂」(4ページ)
- 「トイレは簡易水洗トイレ(汲み取り式)」(4ページ)
どれも目新しいものではありませんし、実用的な細かい情報やデータが提供されているわけでもありません。どの設備にいくらかかったかなんていう費用の話もありません。もしあなたが「オフグリッド住宅の作り方」みたいなハウツーをお望みなら、肝心なことが書いてないと思うかもしれません。
でも、この本の素晴らしさは、インフラうんぬんに限らず、小屋にまつわるいろいろを中村氏が楽しみながら造り上げていくさまにあるのです。
中村氏直筆のイラストが楽しい裏表紙をごらんください。
こんなに小さい「LEMM HUT」にさまざまな住まいのアイデアが詰まっていて、眺めているだけで楽しくなってしまいます。たとえば、もともとあった窓に合わせて造ったという建具。
雨戸と網戸とガラス戸が、まとめてひとつの建具になっています。ふつうの窓はそれぞれにレールを設け、独立して開け閉めするのですが、それをすべて一体化してしまったというわけです。その名も「一本引き横長建具」で、長さは5.5メートルもあります。こんな窓、初めて見ました。
「ガラス戸、網戸、雨戸を一枚の建具でつくってあるので、ガラス戸を引いた分だけ網戸になり、そのまま引き続けると雨戸になる、というちょっと人を食った愉快な仕組みです」(55,56ページ)とのこと。
そのほか「断熱、遮光、防音を兼ねた」(56ページ)というエアクッションを窓にはめ込むという仕掛けや、
「安物のカーテンレールを使って灯具の吊り元をスライド移動させる簡単な仕掛け」(54ページ)も面白くて真似したくなります。
いわゆる既存の住宅作法にとらわれない創意工夫の数々には、まるで工作をする少年のような自由な雰囲気が感じられ、僕がプロフェッショナルな建築家に抱いていたイメージをいい意味で裏切ってくれました。
ガスも電気もない「LEMM HUT」では料理も一苦労です。キャンプ用のバーナーレンジや家庭用の卓上カセット・コンロは便利だけれど、いまひとつしっくりこなかったという中村氏。「調理の「火」にこだわることで、私にとって「住宅とは何か?」について、考えるきっかけを与えられた」(62ページ)のだとか。
その結果、かまどのような存在感を求めて「七厘と炭火」という結論にたどりつきます。炭火は火を熾すのにも手間がかかり、さぞかし不自由だろうなあと思うのですが、外野がとやかく言うことではありません。なぜなら中村氏にとって、これがもっとも小屋暮らしを楽しめる選択だったのですから。
こんな具合に中村氏はこの「LEMM HUT」を造るのを本当にエンジョイしていることが伝わってきます。氏はまさに「暮らしの仕掛けを遊ぶ」(50ページ)ことにかけては達人だと言えるかもしれません。
中でも面白いのが、敷地のはずれにポツンと建つ「書斎兼風呂小屋」です。ワークスペースの確保が叫ばれる昨今でも「書斎兼風呂」なんて聞いたこともありませんが、写真を見ると言葉の意外性とは裏腹に思った以上に居心地の良さそうな空間に仕上がっています。「この小屋に入ったとき、自分の巣穴に戻ってきた小動物のような気持ちになる」(102,103ページ)という風呂小屋、ぜひ実際に本を手に取ってごらんになってみてください。
今のところ、長野県に別荘を持つ予定もなければオフグリッドの家を立てる予定もまったくない僕ですが、この本から得るものはたくさんありました。僕も「暮らしの仕掛けを遊ぶ」ように山の家をいじっていけたら、と思います。