(479)書籍で見るブルースタジオの仕事と時代の変化
今回はリノベーション界隈では知らぬ人はいない建築事務所「ブルースタジオ」にまつわる書籍をご紹介します。
■ブルースタジオの本は築古大家になった僕の指針だった
まず最初にご紹介するのは、今からちょうど20年前に発売されたこちらの書籍。
「リノベーション物件に住もう!~「超」中古主義のすすめ~」(ブルースタジオ編、河出書房新社、2003年)です。
僕がこの本に出会ったのは、叔父からマンション管理の仕事を引き継いだ頃でした。
当時、叔父をはじめとする親戚はみな「こんなボロいマンションはもう取り壊すしかない」と口をそろえて言っていました。
僕自身、生まれてからずっと身近にあったせいもあってうちのマンションは古くてみそぼらしいものという価値観を無意識のうちに共有していましたから、建て替えるのが当然だろうと思い、不動産屋さんに建て替えの見積もりまで依頼していました。
しかし、先代からお世話になっている税理士さんに相談したところ「そんな大金をかけて借金して、建て直しなんてする必要ないです」ときっぱり言われてしまったのです。
「鉄筋マンションが崩れたってニュース、日本で聞いたことありますか?お宅は今、満室でしょう?入居者さんが入るかぎり、続ければいいんですよ」
この言葉でハッと目が覚め、今、目の前にあるマンションをいかに魅力的にするかを考えようと思ったのです。
頭でっかちの僕は書籍によるリサーチから入ることも多く、賃貸経営やインテリアに関する書籍をいろいろと読み漁ったのですが、中でもとくに説得力を感じたのがこの「リノベーション物件に住もう!」だったのです。
インテリア雑誌やムックの多くがリフォームやリノベーションの作例を示すだけだったのに対して、この本には実例から抽出された「モノの見方や考え方」が示されていました。
プロローグから小見出しを抜粋してみましょう。「なぜ今「中古」なのか~でもただの中古にあらず」「リノベーションとリフォームの違い~モノではなくアイディアで解決する」「「新築に戻す」のではない新しい価値を物件に吹き込む」。どれも2023年の現在では当たり前に聞こえるでしょうが、当時はまだまだ新しい考えだったはずです。
ことわっておくと、この本はあくまで「中古物件を購入してリノベーションしたい人」に向けて書かれていて、僕のような賃貸大家に向けた本ではありません。それでも、中古の物件に潜むポテンシャルをリノベーションで輝かせようという発想は、当時すでに築40年を過ぎたマンションを管理&経営しなければならなくなった僕にとっては励ましになる考え方でした。
事例紹介のインターバルとして設けられた「【ここでおさらい】リノベーションの「ココロ」を楽しむには」というページには、築古物件をどうやって生まれ変わらせたらいいか、に関する具体的なアイデアが詰まっています。
「削ぎ落とす」(70ページ)の項目は「たとえば収納だったら、立派な引出しや扉がなくたっていい」という言葉で始まり、棚板だけで構成されたシンプルな収納が紹介されます。
また、洗面については「マンションの洗面所といえば収納・照明・シャワー水栓と機能満載のタワーのような既製品の「システム洗面台」。本当にぜんぶ使いこなしている?」と問題提起し、タイル壁に洗面ボウルだけが備え付けられた「シンプル・イズ・ベスト」ともいえる洗面台を紹介します。
キッチンについても、配管を露出させてシンク裏もむき出しにした例が紹介され「工業的なウツクシサ」と評されています。
続く「欠点は個性」(71ページ)の項目では「壁は凸凹のまま、エアコンの管やら配線やら見えちゃってます。これまでの「美しいインテリア」の敵とされてきたものが、なんだか「味」に見えてきてしまう」という言葉とともに、配管や躯体をあらわしにした天井や、古い模様ガラスのはまったドアなどが紹介されます。
大家を引き継いで以来、10室ほどリノベーションをおこなってきましたが、これらのアイデアはどれも大変参考になりました。手前味噌で恐縮ですが、うちのマンションの写真をどうぞ。
引き違い建具を撤去してロールカーテンを設置した押し入れ(写真左上)、タイルを張った壁とシンプルな洗面ボウルの組み合わせ(写真右上)、業務用キッチンを設置した無骨なキッチン(写真左下)、古い天井を撤去して躯体あらわしにして塗装のみで仕上げた天井や既存のガラスを残した欄間(写真右下)など、どれもうちのマンションで実践して効果を実感できたアイデアばかりでした。
「リノベーションを考えてるんだけど…」という人に相談されたときは、この本を参考書籍として人に教えることも多々ありました。
しかし、時代の流れは残酷なもの。折に触れて読み直すたび、写真が徐々に色あせて感じられるようになったのです。
こちらは表紙から引用した写真ですが、2023年の今見ると「悪くはないけれど、そこまでかっこいい感じはしないな」というのが正直な印象。何がどう古いのか、完璧に言語化するのは難しいのですが、ツルっとして光沢のあるフローリングや、キッチンのブラウンの差し色の使い方などに引っかかりを感じました。また、椅子やテーブルなど、家具のチョイスに時代を感じることも一因でしょう。
やはり、インテリアデザインはタイムレスなものではなくあるていどトレンドに左右される鮮度のあるものであり、時代の流れとともに古臭くなってしまうものなのでしょう。
ですが、逆にこのことは自分にとっては大事な教訓になっています。かのブルースタジオが手がけた物件ですらこうなのですから、僕が造った物件なんて遅かれ早かれ時代遅れのダサい物件になるのはまちがいないのです。つねに時代の流れにキャッチアップしながら、内装もアップデートしていかねばならないと素直に思えます。
■今の時代にどんなリノベーションが求められるのか
さて、ブルースタジオの名誉のためにいえば、この会社が最近手がけた新しい物件はみながうらやむようなおしゃれ物件であるのは間違いありません。
これは数年前に扶桑社からいただいた「マンションリノベスタイルブックBEST48」。
表紙に選ばれているのがブルースタジオの仕事です。この本はさまざまな設計事務所の施工事例を集めた本ですが、その中でも表紙を飾るのが納得できる完成度です。
白を基調としつつ床やキッチンには木材を用い、ナチュラルでさわやかなインテリアに仕上げています。キッチンまわりだけは床をタイルに切り替えているのもいいですね。広々とした対面キッチン、うらやましい。あえて椅子をそろえていないのもいまどきです。
そんなブルースタジオのリノベーションの方法論を凝縮した書籍がこちら。
「なぜ僕らは今、リノベーションを考えるのか」(学芸出版社、2019年)です。
まえがきによれば「似たような街を全国に量産する大型再開発計画」(3ページ)に人々が食傷気味になるなか「理想の空間はカリスマデザイナーや著名建築家がつくるものではなく、DIYのように自分の意思で、オンリーワンをつくり上げるもの」(3ページ)だという感覚が一般的になりつつあるとの現状分析がなされます。
そして、「物質主義の時代に積み重ねられた「物件」の山。既存の「物」や「仕組み」の山の中に宝探しをし、断片化している状況を編集して、物語を紡ぎあげたい」(4ページ)――それこそがブルースタジオのめざす「リノベーション」の本質なのだと宣言されているのです。
この考えにもとづき、ブルースタジオが手がけた施工事例が次々と紹介されていくのですが、それは決して「インテリアをきれいにしました」的な表面的な話ではなく「その物件(場や空間)が持つポテンシャルをいかに引き出すか」に力点が置かれているので、大家としてもたいへん参考になります。
とくに興味深かったのが64ページからの「歴史といとなみを場の価値にする」と題された東京大田区の梅屋敷の賃貸物件の事例。古い木造家屋を取り壊して賃貸併設の住宅を新築したいというのが当初の施主の要望だったそうですが、それに対してブルースタジオは木造家屋をリノベーションしつつ、新しい賃貸住宅を建てるという提案をおこないます。
「施主は地域に古くから根付く地主として、目先の動向に翻弄されることなく長期の目線で価値の持続する賃貸住宅をつくりたいと考えていた」(68ページ)ことを踏まえ「コミュニティガーデンを中心に、みんなで挨拶を交わせる場所を目指し、敷地全体で一体的な価値を与え」(72ページ)ることで新しい賃貸物件を生み出しました。
募集のかたちも斬新です。完成した建物を街の人々にお披露目するタイミングで、入居希望者の見学をおこなった結果、この日だけですべての入居者が決定したんだとか。物件そのものだけではなく、それを取り巻く街や人々に触れることができれば、入居への意欲がぐっと高まるのはまちがいありません。コミュニティガーデンという「場」を用意したからこそできた試みでしょう。
この事例からは、物件サイトの検索ボックスにチェックを入れて選び、不動産屋さんに機械的な案内を受け、入居した部屋の両隣にはだれがいるかもわからない……そんなありきたりな物件ではない新しい賃貸のかたちを求めるひとびとが存在していることがわかります。
ただ物件の外面をきれいにお化粧するのではなく、施主の希望を的確に感じ取り、潜在的な需要を掘り起こす――この思想こそが、ブルースタジオを長きにわたって業界のトップランナーたらしめているのだと感じました。
このほかそれぞれに「物語」のある施工事例がたくさん紹介されているので、ご興味ある方はぜひご一読ください。
■インテリアのデザインの賞味期限は15年以上25年未満くらい?
さて、最後にもう一冊。
ブルースタジオは2014年にも「LIFE in TOKYO リノベーションでかなえる、自分らしい暮らしとインテリア」(エクスナレッジムック、2014年)という自社のリノベーション事例を集めた書籍を出版しています。
たとえば表紙の帯にもなったこの部屋。渋谷区の30代シングルのお住まいだそうです。
「インナーテラスがある住まいを感性豊かにコーディネート」(90ページ)というキャッチコピーが付されているとおり、いちばんのこだわりポイントは「LDKの間口いっぱいにスチール枠のガラス戸を建て付け、窓際の床をタイル張りに」(96ページ)して「室内に屋外を運び入れたような、光あふれるスペース」(96ページ)に仕上げた窓まわり。
「ガラス戸のデザインにはこだわりました。無骨な感じにしたくて、スチール枠の色や太さ、ガラスの割り付け具合まで、入念に考えて注文しました」(96ページ)と施主さんも積極的に参加しただけあってモデルルームのような完成度に目を見張ります。
本書の92,93ページの見開きでは、この窓まわりをページいっぱいの写真で紹介されています。タイルを敷いたテラス部分もさることながら、手前のパーケットの床も素敵で、予算度外視ならこんな賃貸を作ってみたいと思わせられました。
イラストレーターのNoritakeさん、彫塑家の立花久英さん、器作家のイイホシユミコさんらの作品を配したインテリアからは施主さんの強いこだわりも感じられます。その感性がぴったりとはまる「容れ物」を仕上げたブルースタジオもさすがプロだなと感心します。
今回、ひさしぶりに読み直してみましたが、まもなく出版から10年をむかえるものの、紹介されている部屋のインテリアからはほとんど古さを感じませんでした。
先ほどの20年前の書籍とくらべてみると、この落差には驚かされます。20年前の書籍にはそれ以前の仕事が掲載されていることを考えると、25年くらい前のリノベーションが中心でしょう。同じく10年前の書籍にも15年前の施工例が掲載されていると考えると、インテリアの賞味期限は15年から25年くらいの間に訪れるのかもしれません。もちろん、安易に造られた物件は建てたそばから古臭さを帯びていくのは言うまでもないことですが。
そんな時代の流れも含めて、どれも興味深い書籍だと思います。
ちなみに、僕がマンションを引き継いでから来年で10年を迎えます。
僕が新米大家のころに手がけた物件も今年9年目に入りました。これがどう見えるかについてはみなさんの判断におまかせするとして、来年には10年目を迎えることになるので徐々に時代の流れに取り残されていくのはまちがいないでしょう。このことを肝に銘じて、今後も空室のたびに部屋をブラッシュアップしていきたいと思っています。