(651)コッホのフォールディングチェアをヤフオクで入手した

今回はモーエンス・コッホ(Mogens Koch)のフォールディングチェア(MK99200)をご紹介します。名作として名高い椅子なので、ごぞんじの方も多いのではないでしょうか?
僕がこの椅子に初めて出会ったのは、東京の自由が丘にある北欧の椅子の専門店「サボファニチャー」を取材で訪れたときのことでした。

以前ご紹介したサファリチェアにも通じる素材感と佇まいもさることながら、

さっと折りたたむことができ、しかも自立するという機能性が強く印象に残りました。
しかし、当時、清水の舞台から飛び降りるような気持ちでサファリチェアに大枚をはたいたばかりだった僕には、さらにこのフォールディングチェアまで購入する余裕はありませんでした。
あれから4年の月日が流れたある日、吉村順三氏の著作を読み直していたら、ふとこんな写真を見つけてしまいました。

緑に囲まれて座る吉村氏の後ろ姿を見て、あらためてコッホのフォールディングチェアっていいなあ、と感じたのです(後述する小谷氏によると、この椅子はコッホのものではなく、それを元に日本の家具メーカーが製造したコピー品だったのですが、それはまた別の話)。
よし、今度こそ購入を前向きに検討するかと思ってみると時すでに遅し。カールハンセン&サン社での生産は2020年に終了しており、ゲタマ社に権利が移り、価格はぐんと上がっていました(画像にはYahoo!ショッピングへのリンクが張ってあります)。
なんと「218,900円」(!)。
2020年にサボファニチャーの店頭で見たときの価格が税込みで「99,000円」でしたから、

倍以上にまで値上がりしたことになります。円安や物価高騰を踏まえてもこの値上がりはあんまりではありませんか。
となれば、頼りになるのはメルカリやヤフオクなどですが、みなさん考えることは同じらしく、そうそう簡単にはいきませんでした。
今回は、いろいろと価格動向をチェックした末、納得できるギリギリの値段でヤフオクで入手するまでの顛末について書いてみます。
■建築士・小谷和也氏が語る魅力
さて、お金の話のみに終始するのはさすがに無粋なので、まずはこの椅子の素晴らしさについてご紹介しておきたいのですが、それについては僕のような素人がぐちゃぐちゃ述べ立てるよりも、その道のプロが書いている言葉を読んでいただくのがよろしいかと思います。

エクスナレッジ(V-Knowledge)が発行している「建築知識ビルダーズ」の2019年のNo.39です。この中に椅子好きの建築士・小谷和也さんが書かれている「小谷和也のおすわり講座」なる連載コーナーがあり、モーエンス・コッホのフォールディングチェア「MK99200」も取り上げられています。
こちらの雑誌、アマゾンなどで中古本を買うことができますが、実は小谷氏の設計事務所のホームページでほぼ全文が読めてしまうので、そちらをどうぞご一読ください。
https://reno.mpl.co.jp/mk99200.php
小谷氏によると、折りたたみ椅子(フォールディングチェア)のデザインにおいては「折り畳むときの動きや安全性、強度まで検討する必要があり、計り知れない苦労」(139ページ)があるそうです。そのなかで真鍮のリングを駆使して「軽やかなディテールでさらっと解決してしまうデザインセンス」(同)こそ「MK99200」の美点なのだと説明しています。

僕は素人なのであまり気にしたことはありませんが、あらためて折りたたんでみると、リングが上下に動くことで座面を支える脚がスムースに開閉するさまは素人目に見てもよくできていると感心します。
以前、ご紹介したニーチェアについての講演で島崎信さんが「デザインは自己表現や感性だというのは間違いです。デザインは機能性でありテクノロジーなのです」とおっしゃっていましたが、コッホのフォールディングチェアにもあてはまる言葉だと思います。

革製の肘掛けや、

真鍮のリングのような、経年変化を経て深みの増す素材の魅力も素晴らしく、まさに名作の名にふさわしい逸品です。
■昨夏の中古品相場は12万5千円で一度はあきらめた
で、お金の話。
冒頭に触れたとおり、僕がフォールディングチェアの購入を具体的に検討したのは昨年(2024年)の夏のことでしたが、「218,900円」という価格を考えると新品の購入はありえませんから、メルカリやヤフオクで探してみることにいたしました。

昨夏時点でのヤフオクでの落札価格の平均値はおよそ「12万5千円」ほど。中古にもかかわらずカールハンセン&サンが販売していた新品価格の25%増し。さらにここに送料も加算されることを考えると「13万円」を超えることもありえます。しかも、メルカリで「15万円」くらいの強気の値付けで出品されているものまでちゃんと「soldout」になっている始末。
もし2020年に10万円で買っていれば15万くらいで売ることができたのを考えると、もはや「見て楽しむ資産」ならぬ「座って楽しむ資産」の域にまで来てしまったのかも、なんて思ったり。

あきらめきれず、さかのぼって過去の価格を調べてみたところ、カールハンセン&サンの新品が販売されていた2018年ごろは中古品がだいたい「6万円台」で取り引きされていたとわかりました。やはり、カールハンセン&サンでの生産が終了し、ゲタマに移ってからの値上がりが中古品の高騰に影響を与えているのはまちがいなさそうです。
さらに、この流れに引っ張られるかたちで吉村順三氏が座っていたコピー品の中古まで価格が高騰する始末でした。厳しい現実を目の当たりにし、ひとまずは購入をあきらめた夏でありました。
■自分なりのルールで入札をくりかえしてようやくゲット
それからおよそ数カ月経った冬。再びフォールディングチェアの価格を調べてみたところ、あいかわらず高値で取り引きされてはいるものの、やや落ち着いてきた気配が感じられました。
そこで、比較的高めの価格で出品されるメルカリよりも、オークション形式で希望の金額で入札できるヤフオクに的を絞って再びトライすることにしました。
自分が納得できる価格をあらかじめ決めておいて入札し、そこをオーバーするならば落札はあきらめ、気長に落札できるのを待とうというスタンスです。
となると「自分が払える金額を具体的にいくらに設定するか?」が重要になってきますが、「送料込みでカールハンセン&サンが販売していた定価(およそ10万円)に収まる価格」と決めました。

ちなみに、送料込みで出品されるメルカリとは異なり、ヤフオクは落札者が送料を支払うケースが多く、その送料も出品者が発送する場所や配送手段などによって異なり、家具のように大型の荷物ともなると差額もバカになりません。
そこで、「コッホ フォールディングチェア」でアラートをかけておき、出品があるたびに商品状態を確認します。納得できた場合には送料を計算し、かつての定価「99,000円」から送料を差し引いた額を算出。その金額で入札することをくりかえしました。高値が更新された場合は競り争うことはせず、おとなしくあきらめます。
つまり、「送料込み10万で買えるのを気長に待つ」ということですが、相場的には10万円を軽々オーバーするのはまちがいないなか、毎回9万円ほどで入札しては高値を更新され買い負けることが続きました。
ただ、ヤフオクというのは、たまたま競争相手がいないと安く落札できる僥倖にめぐまれることもあるもので、

あるときそこそこ状態のよい中古品を「88,000円」で落札することができたのでした。送料はおよそ5,000円ほどでしたが、これもたまたまもらったクーポンでほぼ相殺できたので、およそ9万円で購入できたことになります。
まあ、かつての定価や中古価格を考えれば、これでも十分に割高なんですが、世の中が変わってしまった今、過ぎ去った昔を引き合いに出して嘆くことほどアホらしいこともなく、名作椅子を納得できる価格で手に入れることができたことを素直に喜びました。

実際に届いたものを見ても状態はなかなか良好。木部、キャンバス地、レザーなど、ひどく汚れたり劣化しているところはありません。

一点、キャンバス地を留める真鍮のボタンのうちのひとつが外れてなくなってしまっていますが、事前に商品説明で確認済みでしたし、目立たないところなので気にしていません。
■セカンドチェア、サードチェアにおすすめ?
では、座り心地についてはどうでしょうか?

座面は二本の木に吊られたファブリックに腰かけるかたちになるので、いわゆるキャンピングチェアに近い座り心地です。ただ、北欧の椅子とあって座面高は45cmと高めですし、キャンバス地もそこまで柔らかくないので沈み込む感じはありません。ふつうの椅子とイージーチェアの中間的なリラックス感でしょうか。

机と組み合わせて食事もできますから、我が家では来客時に椅子が足りないときに活用するのがメインの用途です。さすがに長時間のデスクワークなどには向かないでしょう。
使っていないときは部屋の隅に置いておけるので場所を取らないのもうちのような狭小住宅にはうれしいです。

背もたれの布を内側に畳んで座面の中に押し込んでおけば、背もたれの布がストッパーの役割を果たして、ふとした拍子に開いてしまうこともありません。本当によく考えられた構造です。

見た目も美しく、折りたたみもできることを考慮すると、セカンドチェア、サードチェアとして手元にあるとうれしい椅子だなと思います。

なお、2024年までは定期的に中古品が出回っていたフォールディングチェアですが、2025年になってからはメルカリでもヤフオクでもあまり見かけなくなりました。なんでだろうかなと思っていたら、なんと製造元のゲタマ社の工場が大火災に見舞われ、そのまま廃業してしまったそうなのです。現在販売されているのはストックされていた在庫品のみで、今後の生産はないんだとか。
冒頭、Yahoo!ショッピングの商品ページへのリンクをご紹介しましたが、
こちらでも手に入るかどうかは怪しいのかもしれませんね。もはや購入すらできなくなってしまいそうとなれば、中古品を手放す人が減ってもおかしくありません。
なお、ゲタマ社が手放した権利はフレデリシア社に移るそうなので、そちらでフォールディングチェアが再び生産されることになる可能性はありますが、こんなご時世なので10万切ることはないのかなあ、なんて思っています。

お金のことばかりいろいろ書いてきましたが、せっかく入手した宝物なので、生活に困る事態に陥らないかぎり、手放す気持ちはありません。今後も末永くかわいがっていきたい所存です。