(486)【日刊Sumai再録】賃貸マンション退去時の原状回復費用を考える
今年の10月は2部屋で退去がありました。
どちらの部屋も8年ほどお住まいだったにもかかわらず、大切に使っていただいたおかげで目に付くような汚れや破損はありませんでした。
それでも、入居者さんと最後のご挨拶をしていると「白かった壁がけっこう汚れてしまって…」なんて申し訳ない顔をされ、かえってこっちが恐縮してしまうくらいです。
本当にありがたい話ですが、うちのように真っ白に塗った壁は、物が当たったりすると擦れ跡や擦り傷がついてしまうのは仕方のないこと。後ほど本文で出てくるとおり、これらは「通常の使用による損耗・キズ」にあたり、借り手が責任を問われることはないのです。
こちらとしては契約時に退去時のルームクリーニング代(定額)をいただく旨も確認させていただいているので、そのお代はきちんとちょうだいしますが、それ以上の請求をすることはほぼありません。
みなさんいい方ばかりで「何かあったら追加で請求してください」なんておっしゃられますが、「じゃあ、どんな汚れや傷なら追加請求されるか」については、よくごぞんじでないのかなと感じます。
前置きが長くなりましたが、今回は過去の「日刊Sumai」で書いた記事「原状回復費用の過剰な請求にご用心!退去時に気をつけるべきこと」(2019年10月4日公開)をお届けします。
文中でも書きましたが、世の中には「賃貸契約の切れ目が縁が切れ目」とばかり過剰な原状回復費用をふっかけてくる悪徳大家も多くいます。そんな悪徳大家から身を守るための助けになれば幸いです。なお、写真は今回の再掲載にあたり、一部削除・差し換えをおこなっていることをおことわりしておきます。
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【原状回復費用の過剰な請求にご用心!退去時に気をつけるべきこと】
賃貸物件を引き払う際に必ずおこなうのが、原状回復費用の計算(と差額を差し引いた敷金の返却)です。
でも「原状回復」って一体どこまでを指すのでしょう?入居者はどれだけ負担すればいいのでしょうか?
賃貸マンションの大家をしているアサクラさんに、自身のマンションでの具体例をもとに原状回復費用について教えてもらいました。
アサクラさんは古い友人との会話で、驚いたことがあったといいます。
■原状回復費用が14万円って高すぎない?
友人は最近、転職をきっかけに地方都市から東京に戻ってきました。
3年間住んだ賃貸マンションを退去する際、原状回復費用として約14万円を請求されたというのです。
聞けば、料理もほとんどせずタバコも吸っておらず、部屋には寝に帰るだけの生活。室内の汚れなどは、たかが知れています。
しかも、入居時の初期費用で「退去時のクリーニング費用」はすでに支払い済みだったそうですから、14万円はかなり高額。というか、過剰な請求と言ってしまっていいでしょう。
賃貸の事情に詳しくない友人もさすがにこれは高いと思ったらしく、小一時間ほど交渉した末に3万円(!)に下がったということです。
「汚れた壁紙を取り替える費用に11万円ほどかかる」というのが不動産会社の言い分だったので、交渉の結果、その分は支払わないということで3万円に落ち着いたのだとか。
だれでも知っている大手の不動産会社が管理する物件だったといいますから、本当に驚きです。
■原状回復の基本的なポイントをおさらい
まずは原状回復のルールについて、「東京都住宅政策本部」のホームページを参考に基本的なポイントを確認してみましょう。
「貸主の費用負担」については「賃貸住宅の契約においては、経年変化及び通常の使用による損耗・キズ等の修繕費は、家賃に含まれているとされており、貸主が費用を負担するのが原則」とされています。
一方「借主の費用負担」については「借主の責任によって生じた、または故障や不具合を放置したことにより発生・拡大した汚れやキズについては、借主が負担するのが原則」と書かれています。
より分かりやすくまとめると、
・ふつうの生活で汚れた分は大家さん側の負担
・故意や不注意で汚した分は入居者さん側の負担
という感じでしょうか。
この基本ルールに加えて、賃貸契約書に「ハウスクリーニング費用を入居者さんが負担する」という「特約」を設けるのが一般的です(先に挙げた友人の例でいえば、入居時の初期費用に含まれていたクリーニング費です)。
「特約」については契約書に必ず記載されていますので、賃貸に住んでいる方は確認しておくといいでしょう。
うちのマンションの場合は「専門業者による室内全体のハウスクリーニング費用は室内の使用状況・使用年数・借主の清掃状況に関わらず、借主の通常の使用によるものであっても借主の負担とする」と記されていました。
■「ハウスクリーニング費用」のみの請求がふつう
では、うちのマンションの例を見ながら、具体的に説明しましょう。まずは、ある部屋の敷金返却明細をごらんください。
「原状回復費」はいたってシンプル。「特約」に記された「ハウスクリーニング費用=32,400円(税込)」のみです。
うちのマンションの場合、ほとんどのケースがこれにあてはまります。
先日、23年ぶりに空室になった部屋の驚きの汚さをご紹介しましたが、
あの部屋でさえ、同じ32,400円(税込)でした。
そうなんです。「ふつうに」暮らした範囲ならば、いくら汚くなろうが破損しようが、余分にお金を払う必要はありません。
23年ぶりの空室では、風呂場の湿気で木製ドアがボロボロになっていました。
それでも、入居者さんの使い方に問題があるというより「お風呂の木製ドアを23年間ふつうに使えば、あんな風になっても仕方ない」という判断で、入居者さんに修理費は請求していません。
「部屋が汚くなったから原状回復費用も高くなる」と思われる方も多いようですが、必ずしもそうではないことを覚えておくといいと思います。
■タバコのヤニ汚れは原状回復費用が高額に
では「故意や不注意による汚れって何?」という話になりますね。
ここ数年でひと部屋だけ「ハウスクリーニング費用」以外に別途、原状回復費用をいただいたケースがありました。
こちらのお部屋にお住まいだった方は、かなりのヘビースモーカー。ドアを開けた途端に強烈なヤニ臭さが漂ってくる状態でした。
見ればクロスやアコーディオンカーテン、エアコンに至るまでタバコによるヤニ汚れが付着していたのです。
また、お風呂もヘアピンが長期間置きっぱなしになっていたりして、サビ汚れがひどい状態。
これらはまさに故意や不注意による汚れに該当します。
タバコについては室内で吸わないようにすることで汚れを避けることはできたはずですし、お風呂についても常識的な頻度で掃除をしてさえいればサビは付かなかったでしょう。
その結果、ふだんの「ハウスクリーニング費用」とは別途に計3万円(税別)を請求させていただきました。
先ほど挙げた「東京都住宅政策本部」のホームページによれば、「引越し作業で生じた引っかきキズ、借主が結露を放置したために拡大したシミやカビ」なども、借主負担となる例として挙げられていますのでご注意ください。
■基本的なルールをしっかり理解して身を守ろう
「大家負担か、入居者負担か」のラインは分かりましたか?
ご紹介したのは、あくまでうちのマンションの一例なので、ひとつの目安と考えていただければ幸いです。
もちろんグレーゾーンとなるような領域もありますし、大家さんの方針や契約によって判断が変わってくることもありえます。
ただ、世の中には原状回復についてよく知らない入居者さんに法外な金額を「ふっかける」タチの悪い大家が存在するのも事実です。
賃貸物件を借りている方は、原状回復についての基本的な知識を踏まえたうえで、おかしいと思ったらきちんと説明を求めるといいですね。
【参考】「東京都住宅政策本部」ホームページ内「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン(第4版)~概要~」
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いくつか補足を。
掲載時は「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」は「第3版」でしたが、現在は「第4版」となっておりますので変更しています。また、文中の「先日、23年ぶりに空室になった部屋の驚きの汚さをご紹介しました」という箇所に張ったのは本ブログ内の再録記事へのリンクであることにご注意ください。
ルームクリーニング代も消費税の改正と物価高騰の流れを受けて値上がりしています。掲載時は30,000円+消費税で「32,400円(税込)」でしたが、現在では35,000円+消費税で「38,500円(税込)」まで値上がりしています。うちでは実費を請求しているので、この額を差し引いた敷金をお返ししています。
さて、お読みいただければわかるとおり、冒頭にご紹介したような壁についた擦れ跡については借主の責任が問われないことは明白だと思います。
では、こんな傷はどうでしょうか?
以前「壁に開いた穴を内見の前日にDIYで補修する」という記事で紹介した傷。
ベビーゲートを固定したせいで開いてしまった穴です。ベビーゲートにかぎらず突っ張り式の家具は力を入れすぎると木や石膏の下地を破損してしまうことがよくあります。「借主の責任によって生じた、または故障や不具合を放置したことにより発生・拡大した汚れやキズ」にあたるのか、判断は分かれそうに思えます。
ご注意いただきたいのは、たとえ「借主の責任によって生じた」傷と判断されたとしても「その傷のみが費用負担の対象になる」ということです。
何を言いたいのかというと、よくあるのが「傷がついた部分だけ壁紙を交換することはできないと言われ、全面分を請求された」という話ですが、これはNG。大家さんの心情としては共感する部分もないわけではありませんが、ルール的には「傷がついた部分の補修費用だけを負担すればOK」なので、もしこういう請求をされたらきちんと反論(交渉)することをおすすめします。オーナー側は争ったら負けることを知っているので、大抵の場合、再録記事の冒頭の事例のようにあっさり値下げしてくることでしょう。
さて、話を先ほどのベビーゲートに戻すと、入居者さんからは「補修費用を払います」と申し出ていただいたのですが、他の部分がとてもきれいに使われていたことへの感謝も込めてうちでは請求しませんでした。
賃貸は契約関係であると同時に人間関係でもありますから退去費用の精算は大家と店子の関係性が問われる機会なのかもしれません。