(256)【小さな家の小さな本棚⑬】菅澤光政『天童木工』
前回、前々回とブルーノ・マットソンのイージーチェアをご紹介しました。
この椅子を製造しているのが山形の家具メーカー「天童木工」であることにも触れました。
今回は、その天童木工で長年にわたって商品開発を手がけてきた菅澤光政氏が会社の歴史と名作椅子について余すところなく語った『天童木工』(美術出版社、2008年)をご紹介してみたいと思います。
本の中身は大きく分けて、第一章「天童木工とは?」から第五章「天童木工の現在」にかけての歴史部分と、第六章「天童木工の名仕事/家具編」と第七章「天童木工の名仕事/建築空間編」のプロダクト紹介部分に分かれています。
■天童木工といえば「成型合板」
山形の地で1940年に「天童木工家具建具工業組合として始動」(10ページ)し、第二次大戦中には木製の弾薬箱や「アメリカ軍による空からの偵察の目をごまかすための「おとり飛行機」」(10ページ)を造っていたという黎明期の歴史を僕は初めて知りました。
実はこの「おとり飛行機」の作成によって培われたのが「天童木工といえばこれ」という印象のある「成形合板」の技術だったそうです。
「成形合板」とは英語で言うと「PLYWOOD(プライウッド)」。この本では自明の言葉として紹介されていますが、ごぞんじない方もいるでしょう。 この言葉をもっとも簡潔に説明した文章は「D&DEPARTMENT」の天童木工の紹介ページに見出すことができます。
引用させてもらうと「成形合板とは、単板と呼ばれる薄くスライスした木の板を重ね合わせ、さまざまな形状につくり出す技術。その製品は軽く丈夫で、無垢材では表現が困難な、複雑な曲線を可能にします。」とのことで、マットソンのイージーチェア「マルガリータ」がその例として紹介されています。製造風景なども写真を交えて紹介されていますので一読をすすめます。
百聞は一見にしかずということで我が家の「マルガリータ」の脚部をごらんください。
マクロレンズで撮影しました。薄い板が何層にも重なっているのがおわかりでしょうか?
この成形合板の技術のために、天童木工では終戦間もない1947年に「高周波発振機」を導入したそうです。「国鉄の初乗り運賃が0.5円という時代に25万円もする高価な機械」(12ページ)で、現在のJRの初乗り運賃「150円」と単純比較してみるとなんと「7,500万円」(!)もする計算。「工場長のオモチャとして買ってやった」(12ページ)という社長の豪気な気性には驚きしかありません。
本書には「天童木工は成形合板を主として、あらゆる家具を受注する注文家具メーカーだ」(64ページ)という簡潔な言葉が記されていますが、ひとまずこの点さえ押さえておけばOKでしょう。
■デザイナー剣持勇と成形合板
天童木工が成形合板を用いた家具を生み出すのにあたって大きな役割を果たしたのがデザイナーの剣持勇です。建築家の丹下健三の要望に応え、天童木工と共に多くの名作家具を生み出しました。
本書の第六章「天童木工の名仕事/家具編」では「チェア S-3048M」(108~113ページ)が紹介されています。Yahoo!ショッピングの商品ページへのリンク画像でごらんください。
丹下健三が戸塚ゴルフカントリークラブのクラブハウスを設計した際にデザインしたものだそうです。現在では「カブトチェア」の名で親しまれていますが「剣持勇は自作の椅子にニックネームを付けることをしなかった」(110ページ)とのことで、この愛称もあとから付けられたようです。
腰を包み込むような独特のフォルムが印象的ですが、この形を成形合板で生み出すためにはなかなかの苦労があったんだとか。成形前の素材写真(112ページ)を見ると、これを曲げて椅子の形にするとは天童木工の成形合板はすごい技術なんだなと感心します。
剣持勇で成形合板といえば個人的に思い浮かぶのはこのスツール。
1950年代に秋田木工によって発売されて以来100万脚が生産され、今も愛され続けているスツールです。普遍的で古びないデザインでスタッキングも可能。しかも座面の張り替えが容易です。山小屋の洗面にも置きました。
以前ご紹介した「カウニステ」の生地で張り替えたもの。
ほかにもDIYで張り替えたものが我が家にはたくさんあります。「日刊Sumai」の連載で詳しく書きましたのでよかったらそちらをどうぞ。
今回、「天童木工」を読んだのを機にマクロレンズで脚部を撮影してみました。
経年の汚れで見えにくいですが、よく見ると薄い板が何層にも重なっているのがわかります。
■柳宗理の「バタフライスツール」
天童木工で成形合板といえば、もっとも有名なのが柳宗理の「バタフライスツール」であることに異論はないでしょう。
こちらもYahoo!ショッピングの商品ページへのリンク画像でごらんください。
本書のカバーをよく見ると、
バタフライスツールを上から撮影した写真が用いられています。
帯には「天童木工の技術力がなければ、バタフライスツールは生まれなかった」という柳宗理の言葉も。まさに天童木工を代表する一脚と言えるでしょう。
90~95ページでは「天童木工の名仕事」の筆頭として紹介されていますが、第三章の「柳宗理、天童に現る」では、柳宗理と天童木工の出会いからバタフライスツールの誕生までの歴史が綴られています。天童木工にとって「初めての本格的な3次元の成形合板」(46ページ)であったバタフライスツールの開発は困難を極め、完成まで三年の歳月がかかったそうです。
興味深かったのは60年代から70年代にかけてイタリアンデザインの影響を受けてプラスチック製の家具を開発した天童木工が「アクリル樹脂によるバタフライスツールにトライした」(66ページ)というエピソード。成形合板ほどの柔軟性を持たないためジョイント用の穴から割れが発生してしまい、回収することになったそうです。こうした失敗談がしっかりと紹介されている点も好感が持てます。
■ブルーノ・マットソンと天童木工
本書では、天童木工がウェグナーやヤコブセンといったデザイナーたちの椅子を取り寄せて研究し、成形合板の技術を活用する際に参考にしたことも言及されています(46~47ページ)。
天童木工と北欧といえば、先日もご紹介したスウェーデンのデザイナー、ブルーノ・マットソンです。
第六章の「天童木工の名仕事」では「ハイバックチェア」が取り上げられています。雪景色を臨む大きな窓が印象的な部屋にハイバックチェアだけが置かれた写真(156~157ページに掲載)は本当に美しいので、ぜひ手に取ってごらんになってください。
このハイバックチェアのコンパクト版ともいえるのが先ほども紹介した「マルガリータ」です。
以前もご紹介したとおり、包み込まれるような座り心地の椅子ですが、そのヒミツについても語られています(159ページ)。長くなるので引用はしませんが、簡単にまとめると脚の先がピンポイントで床に触れるのではなく、「床摺り」によって輪のような形状になっているので、弾性を持って体を受け止めてくれるのがポイントなんだそうです。
「麻のキャンバス地を下地にしてクッションを置くことで、ハンモックのように人体を包み込む」(159ページ)構造でソフトな座り心地を実現しているんだとか。
■長大作の「低座椅子」と菅澤光正の「ヘロンチェア」
天童木工といえば、以前ご紹介した長大作の「低座椅子」も外せません。
こちらも名仕事のひとつとして本書の162~167ページで紹介されています。
これは山小屋に置いている低座椅子。この椅子の座と背にも成形合板の技術が活かされています。
とくに「脚はブナの単板を積層した合板」で「この椅子のために特別につくられた合板」なのだそうです(165ページ)。
「一般的には、座面が低くなると椅子の脚も短くなるために、椅子全体のプロポーションは悪くなるもの。ここではソリのような脚部をもたせ、そこから座面が立ち上がる(ように)見えることで、問題を解決している」(164ページ)んだとか。(括弧内の「ように」は本文にはない言葉ですが、そのままだと文法的におかしいので誤植と判断して引用者が補いました)
なんとなくきれいな形だなと漠然と抱いていた印象を、こうやって開発者目線で論理的に説明してもらえるのもこの本の素晴らしいところだと思います。
著者の菅澤光政氏がデザインした「ヘロンシリーズ」のロッキングチェアも168~173ページで紹介されています。Yahoo!ショッピングの商品ページへのリンク画像でどうぞ。
「当初はその形状から「一本脚シリーズ」と呼ばれていた」」(170ページ)そうですが、社長の提案でシロサギを意味する「ヘロン」の名がついたそうです。
山小屋の大きな窓の前にはこれを置こうと考えたこともあったんですが、たった二畳のスペースに収まるはずもなく断念しました。
■豊口克平の「トヨさんの椅子」
こんな具合に、綺羅、星のごとく名作椅子が紹介されている『天童木工』ですが、本書では紹介されていない「トヨさんの椅子」もついでにご紹介させてください。
「初号モデルは天童木工が製造し、秋田県庁の応接室の椅子として採用された」(「低座の椅子と暮らしの道具店」公式ページより)椅子です。その後、天童木工では廃番となり、現在は「モノ・モノ」が運営する「低座の椅子と暮らしの道具店」で販売されています。
デザインしたのは『天童木工』の中にたびたび登場する豊口克平。
現在でも天童木工で販売されている「スポークチェア」は名仕事として紹介されています(114~119ページ)。Yahoo!ショッピングの商品ページへのリンク画像です。
「トヨさんの椅子」にも共通する特徴が低くて広い座面。「スポークチェア」は「日本の生活スタイルを反映したものとして、最近は海外でも評価されている」(117ページ)そうですが、この「トヨさんの椅子」も座面が広くてあぐらもかくことができます。
座面が37センチと低く、背の低い日本人がリラックスして座れる高さ。
山小屋では、先の「マルガリータ」と一緒にテーブルを囲むように置くこともあります。
「マルガリータ」とくらべて座面に傾きがないぶん、パソコンに向かったり食事をしたりするにも向いているマルチプレイヤー。今回、ご紹介した椅子の数々とくらべて知名度は若干劣りますが、負けず劣らず素晴らしい椅子です。
ご紹介しきれませんでしたが、本書では「リングスツール」(加藤徳吉)や「プライチェア」(乾三郎)などの名作が多数紹介されています。
日本の椅子を知るうえで必読の一冊だと思います。