(594)「負けない[見積り]再入門」で見積もり書の解像度が上がった
積読とはよく言ったもので、書籍というものは買ってしまうと割と満足してしまいます。ぱらりぱらりとめくっただけで「今度、時間があるときにでも読もう」と考えて、そのまま放置して数年が……なんてこと、よくあります。
先日、うちのマンションでもっとも予算をかけないでリフォームした部屋についてまとめたのですが、記事を書いていてふとこの本のことを思い出し、手に取りました。
雑誌「リノベーション・ジャーナル」の第6号(2015年、新建新聞社/新建ハウジング)です。特集は「作業別&条件別データで学ぶ 負けない[見積り]再入門」。
購入当時、斜め読みで内容の充実ぶりに圧倒されたことだけは覚えているのですが、今回腰を据えて読み直したところ、僕の仕事にとってこれ以上ためになる本があるのだろうか、と感じるほどの内容に目を見張りました。
巻頭言は「見積りとは、計画していることがいくらでできるか予測することだ」という定義から始まり、「リフォーム・リノベーションにおいては、既存建物の状態の個別性が高く、同じような工事でも、劣化の度合いや下地の構成によって、手間がまったく異なる。同様に施主の要求もニッチで個別性が高く、事例ごとの共通性が低い。こうした事情により、リフォームにおいてはコスト情報の共有化がしづらいというのが現状だ」(22ページ)という問題提起がなされます。
平たく言えば「リフォームって個別の要素が強すぎて相場感がわかんないよね」ということ。
実を言うと「見積り力を高めることがそのまま提案力につながる」(22ページ)と書かれているように、特集タイトルの「負けない[見積り]再入門」の「負けない」の意味は「同業他社に負けない」の意味であり、この雑誌自体が僕のような施主よりは工務店や建設会社などで働く人々に向けられているようなのですが、プロにすら見積もりの悩みがあるというのは正直、驚きでした。
そんななかで、本書は「実際にリフォーム・リノベーションから汎用性の高い工事を条件別に切り出し、それらを作業別に分解して説明することで、実践的な参考書を目指した」(23ページ)というだけあって、これがなかなか突っ込んだ内容で読み応えたっぷりでした。
以下、具体的に内容を紹介しますが、文中の写真はすべてアサクラが過去の工事で撮影したイメージ写真であることをご了承くださいませ。また、本特集内では「見積り」という表記がなされていますが、当ブログでは「見積もり」という表記を用いてきたため、本書からの引用文と地の文とで表記にブレがあることをお断りしておきます。
さて、25ページから93ページまでにわたる長大な特集の内容は、大きく「解体」「水廻り」「仕上げ」「その他」の4項目に分かれています。
それぞれの項目の中には、
「キッチン流し台の解体」(31ページ)だとか
「在来からユニットバスへの交換」(46,47ページ)とか
「床の重ね張り」(74ページ)など、うちのマンションでもたびたびおこなっているような「よくある」リフォーム工事例が列挙され、それぞれに対して総額が掲載されています。
「キッチン流し台の解体」なら「総額4.8万円」(31ページ)、「在来からユニットバスへの交換」なら「109.2万円」(46ページ)、「床の重ね張り」なら「22.7万円」(74ページ)という具合。もちろん、それぞれのケースごとに工事の詳細な内訳を記した見積もり書も付されています。
これらを眺めるだけでも十分に勉強になるのですが、同じような工事の参考価格を知るだけならば、仲の良い大家仲間や友人が自宅をリフォームしたときの見積もり書を見せてもらうだけでもできますし、ネットで検索すればそれなりの情報が得られるのも事実。
やはり、自分にとって本当に勉強になったのは、実際に自分が手がけた工事とそれに近い内容の事例とを詳しく比較検討することで工事ごとの個別性が理解できたことでした。
たとえば、「3階和室にキッチンを新設」して「総額152.8万円」(66~67ページ)なんていう事例は、うちの山小屋の母屋にある和室(の押し入れ)にキッチンを設けたときとよく似たケースに思えました。
金額だけ見れば、どちらも150万円ほど。
しかし、冒頭に引用したとおり「リフォーム・リノベーションにおいては、既存建物の状態の個別性が高く、同じような工事でも、劣化の度合いや下地の構成によって、手間がまったく異なる」(22ページ)ものであることを思い出しましょう。
そこで本書の事例に添えられた「見積りのポイント」という注釈が大事になってきます。たとえば、次の一文。
「使える設備は極力使う方針から既存の給湯器を使う計画(給湯器が3階ベランダにあり、3階和室をキッチンにする上で有利)」(66ページ)
たしかに、掲載された「参考見積り」には給湯器繋ぎの作業代は計上されているものの、本体の金額は記載されていません。キッチンを新設するのに既存の給湯器を流用できるのは経費削減になりますが、それも給湯器がもともと3階のベランダにあったからできたわけなんですね。これは重要な個別情報です。
一方、うちの山小屋の工事費を見ると給湯器の更新にかかった「233,000円」(設置費込み)が含まれていますから、同じ150万円でも違いがあることが見えてきます。
じゃあ、その差額はどこで埋め合わされたのかな?なんて考えながら本書の「参考見積り」を眺めていると導入されたのがシステムキッチンで、金額も設置費込みで「527,000円」となかなかの高額であることに気づきます。
我が家のキッチンはといえばリーズナブルな業務用キッチンで、レンジフードやガスコンロなどを含めても「157,601円」ですから、設置費用込みでも20万円といったところ。事例内で紹介されたシステムキッチンの半額にも満たないとわかります。これも大きな差。
思えば、うちの工事ではキッチンの壁部分のペンキ塗装やタイルの張り付けはDIYでおこなったのに対し、本書で紹介された事例では「キッチンパネル」が張られており、キッチンの金額に含まれているとのことでした。
いや、そもそも、本来ならば職人さんに依頼して報酬を払う仕事をDIYでまかなって済ませたのですから、そのあたりも考慮に入れねばならないでしょう。
ひとことで「和室にキッチンを新設する」といっても、子細に検討すれば、異なる作業の集合であるとわかってくるのです。もはやこれは「結果的にたまたま総工事費が150万円で一致しただけ」と言ってしまってもいいくらいです。
では、以上の考察がムダだったのかといえばそんなことはなく、むしろ個々の事例で生じえる差異に目を向ける意識が高まって見積もり理解の解像度が上がったと感じました。
漠然とした気持ちで眺めていた数字がより明瞭な輪郭を持って見えてきたといいましょうか。
数多くの工事を手がける現場監督さんや、所有物件をどんどん増やして経験を積み重ねていく不動産投資家さんならば、実体験の集積で早々に到達できる地点なのでしょうが、僕のように所有する物件も投資できる金額も限られた大家にとっては、限りある経験を照らし合わせる事例を示してもらえるのはまことにありがたいかぎりです。
積読なんてしていないで、さっさと読むべきだったとも思う反面、10年前の自分が読んだところでこの内容がきちんと咀嚼できたかといえば怪しくもあります。今後、折に触れて読み返していくことになりそうです。
リフォームにかかるお金のことについて興味をお持ちの方にはぜひとも読んでいただきたいのですが、かれこれ10年近く前に出版された雑誌とあって、現在は入手が難しいのが残念。
もう一言いえば、この10年の間に資材も人件費も高騰してきたので、掲載されている金額が時代からズレてきてしまっているであろうことも惜しいといえば惜しいのですが、それを差し引いてもなお参考になるのはまちがいありません。一読をすすめます。